水の都の守り神
「にーちゃんなにやってんの?」
そう声を掛けて来たのは、少し寝癖の付いた黒髪の少年だった。足元には、オレンジに白のたてがみが特徴的な犬らしき生き物が寄り添うように座っている。
黒髪の少年の後ろには、更に四人の子どもが興味津々に顔を覗かせていた。
「あ?どーゆーことだよ」
「だってにーちゃん、さっきから同じところばっかりぐるぐるしてるし」
痛いところを突かれ、ぐっと返事が詰まった。たまにはちゃんとした所で愛刀達を手入れしてもらおうと、漁船のおっさんに聞いた加治屋を目指していたのだが、如何せんこの街はいりくんでいる。迷路と言っても過言じゃない複雑さにゾロが迷わないわけがなかった。
流石に迷子になったとは言えず、無垢な瞳の子ども達にどう言おうか迷っていると、ミニスカートの少女があっと口を開いた。
「もしかして、おにいちゃん迷子?」
「えー迷子かよー!」
「大人なのにー?」
「うるせぇな!!」
素直すぎる子供の反応に思わずぐわっと反発する。凶悪そのものの顔になっているゾロだったが、子ども達は怯えるところか逆にきゃっきゃっと歓声を上げた。中々肝が座った子達らしい。
「にーちゃんどこ行きたいの?」
「あー、加治屋だよ。確かアルボっつーじーさんがやってるらしーけど」
刃物を打たすならあそこが一番だ、と漁船のおっさんが熱弁したいたほどだ。腕前は期待できる。
アルボという名に子どもたちは聞き覚えがあるようで、お互いの顔を見合わせると、決意したように頷いた。
「わたしたちが案内してあげる!」
「は?んなもんいらねぇよ」
「でもにーちゃん迷子なんだろ?」
「うっ……まあそーだけどよ……」
「大丈夫です!僕たちに任せてください!」
眼鏡の少年の言葉を合図に、各々が好きなようにゾロの周りを囲むと、ゾロが止める間もなく、手や服を引っ張って路地を進み出した。
子ども達とペットらしき生き物はこの街を熟知しているようで、パタパタと音を立てて進む足に迷いはない。かくいうゾロは、最初は順路を覚えようとしたが、五つ角を三つ曲がって橋の下を二回潜って階段を四回登った頃には覚えるのを放棄した。
ここアルトマーレは、ウォーターセブンに次ぎ第二の水の都と呼ばれるほど、街に水が溢れていた。土の道より水路の方が多く、人々の主な交通手段はゴンドラである。ウォーターセブンを技術者の街とすればアルトマーレは芸術の街とされるほど似通った点が多く、姉妹都市として交流も深い。
歴史はアルトマーレの方が圧倒的に古いが、第二と呼ばれているのは単純な世間の知名度らしい。現に、アルトマーレの芸術的な街並みは立派な観光名所になりえるが、積極的にPRを行っていないため観光客らしき人影は見当たらなかった。
代わりに、他の島では見たことないものがあった。
「おいボウズ」
「なにー?」
「その犬っころなんだ?」
黒髪の少年の足元で忙しなく短い四肢を動かすオレンジの獣。ゾロの問い掛けに、少年は足を止めると獣の前足の脇に手を差し込んで持ち上げた。
「にーちゃん知らないの?ガーディだよ」
「手前の犬の名前なんざ知るわけないだろうが」
「名前じゃなくて種族名だよ」
「あ?」
「ダメですよ。この島の外にはポケモンがいないんです」
ポケモン?聞き慣れない単語にゾロが首を傾げていると、他の子どもたちが心底
驚いたように「ええー!」と声を上げた。
「ポケモンいないのー!?」
「ウソー!」
「本当ですよ!商人のおじさんが言ってました!」
「おいガキどの。ポケモンってなんだ」
子どもたちの背中を押して先を急かす。
ガーディを下ろしてパタパタと走り出した子ども達に引っ張られながら細い階段を登る。先導するように、腹の白い茶色の鳥が上段で羽をばたつかせている。
「ポケモンはねー、私たちのともだちだよ」
「ともだちぃ?」
「いつでも一緒に遊んでー、一緒にご飯食べてお昼寝してー」
「たまに喧嘩するけどすぐ仲直りできちゃうんだ。なっ?ガーディ」
少年の問い掛けに、ガーディは元気よくばうっと鳴いた。まるで人の言葉を理解しているような反応に、ゾロはへぇ感心した。
「」
***
アルトマーレ、と次の島の名前をナミが口にしたとき、真っ先に反応したのはフランキーだった。
「お!アルトマーレか!」
「あら?知ってるのフランキー」
「おうよ!アルトマーレは第二の水の都だ!ウォーターセブンの姉妹街でもあるんだぜ」
故郷を思い返しているのか、フランキーは作業の手を留めて遠くの海を見やった。
「ウォーターセブンを技術の街だとすると、アルトマーレは芸術の街だ。歴史のある街らしくてな、街の景観はそりゃもう素晴らしいんだそうだ」
「詳しいなフランキー!」
にししとルフィは
「ポケモンにはいっぱいタイプがあるんです!」
眼鏡の少年の肩に手のひらより大きい緑の蜘蛛が乗っかっていたのに気付き、ゲッとひきつりそうになった顔をぐっと引き締めた。
「私水タイプが一番好きー」
「僕は虫タイプですね!」
「俺全種類言えるぜ!」
「へーへー。そりゃすごいこった」
脇の小川かはウーパールーパーのような青いのが並列するように泳いでいるのを横目に、橋の下を潜る。似たような道ばかりだが、この子どもたちは居場所を完璧に把握しているようだ。
日が差し込まない薄暗い路地は静かでどこか懐かしさを感じる。他の島では路地裏なんて犯罪が蔓延っていたというのに、ここは犯罪者どころかごみひとつ落ちていない。
ウォーターセブンを出る前、アイスバーグからの言葉を思い出した。
「君たちの順路だったら恐らくアルトマーレを訪れるだろう。あの街はいいぞ。平和で豊かで、この海で一番優しい場所だ」
アルトマーレへの招待状を渡しながらアイスバーグはにっこり笑った。「しかも、君たちは心底驚くだろうね」と意味深長に呟いていたのはこれだったかと黒髪の少年にじゃれつくガーディに目を落とした。
「お兄ちゃんそろそろだよ」
ミニスカートの少女が角を曲がった途端、柔らかい日光が目に差し込んできた。薄暗い路地に慣れていたせいで、しばらく視界が晴れなかったが、細かい瞬きの後、見えた一軒の家屋にほっと息を着いた。
建物と建物の間から差す光のカーテンがゆらゆら揺れて、地面に濃い影を作り出す。両隣の木々の木漏れ日で玄関は暗く、大きく開けられた戸の奥は全く見えない。
ポッポーと、『加治屋・ホネダケ』の看板に止まった鳥が鳴く。
子どもたちはなんの躊躇もなく、ホネダケの戸を叩いた。
「じいさーん!」
「お客さんだよー!」
店の奥から出てきたのは、腰の曲がった老人だった。右手で握る柄の長いハンマーに一瞬ぎょっとしたものの、看板を見て納得する。老人は首にかかった黒く煤汚れたタオルで額の汗を拭うと、しかめっ面で子ども達を見下ろした。
「なんじゃ騒がしい」
「なんだよー。お客さん連れてきたってのによー」
「客?……お前さんか?」
「お、おう。アルボっつー加治屋のじーさんはあんたか?」
「わし以外に同じ名前がいなければのぅ」
入んなと店主から許可が下りた為、恐る恐る店内に足を踏み入れる。子どもたちは着いてくる気はないようで、早速店先でキャッキャッ遊ぶ声がする。どうやら用事が終わるまで待つようだ。
狭い店内は照明はほぼなく、外と対照的に暗かった。至るところに置いてある刃物が、窓から差し込む日光で鋭く輝いている。
「で、用は?」
「刀の手入れを頼みに」
「ちょいと見せな」
腹巻きから三本とも抜き取って奥のカウンターの上に並べた。アルボは、一本一本手にとって丁寧に刃や柄を観察する。
「業物だな。相当な名刀揃いだ」
「そりゃどーも」
「だが使い方が荒いな。お前さん、もしや柄をかじってんのかね?」
「おれぁ三刀流なんでな」
「やれやれ……適当に座っとれ。奥で詳しく見てくる」
がちゃがちゃと刀を脇に抱えて奥の部屋に引っ込んだアルボと入れ違いに、骨を被った生き物が顔を出した。ゾロの膝まであるかどうかの身長で、右手には一本の骨を握り締めている。
「客だ。茶でも出してやれ」
「カラッ」
アルボの言うことが完璧に理解できているようで、生き物は引っ込んだ後お茶と茶菓子をトレーに乗せてまた現れた。座んなと言わんばかりに壁際の棚の側に置かれていた丸椅子をぺしぺし叩かれ、ゾロは言われるがままそこに腰を下ろした。
「カラッ。カラカラ」
「あ、あんがとな」
熱々の湯気が上る湯飲みに口をつける。上手い。一緒に置かれた茶菓子の羊羮も控えめな甘さでゾロの口に合う。羊羮はともかく、茶はこれが淹れたのだと思うと恐ろしい。
これもポケモンなのだろうか。犬でもなく猫でもない。さっきのオレンジ色の犬に比べれば、二足歩行を極めている。あまり強そうには見えないが、さっき見たように賢さは人間並みかもしれない。
無言で茶をすするゾロを無言で見上げる生き物。骨の穴から覗く瞳は黒く大きい。思わず顎の下を擦ってやれば、茶色の毛並みは似ているものの、チョッパーとは違って滑らかな手触りをしていた。
- 4 -
*前次#
ページ: