「轟くん」
「なんだ?」
「近い」
「そうか?」



しれっと首を傾げた轟くんは私との距離に特に問題なしと判断したのかそのままの距離でいる。パーソナルスペース狂ってる。休みの朝から暇を持て余して寮のリビングで1人でお茶を飲みながらファッション雑誌を読んでいると轟くんがやってきた。軽く挨拶を交わしキッチンからお茶を淹れてきたかと思うと私の隣に座った。空いているソファがたくさんあるにもかかわらず。しかも近い。肩と肩が触れるんじゃないかって言うくらい近い。



「これ」
「ん?」
「この格好いいな」
「へぇ、轟くんもそういうこと思うんだ」



意外だ。心の中で轟くんが指したファッションに花マルをつけておく。あとでじっくり研究しよう。轟くんは興味津々に雑誌を覗き込んでいる。こういうのに興味があるだなんて意外だ。次のページをめくるとそれに合わせて覗き込む轟くん。ちょっとかわいい。



「これとかもいいな」
「それも好き?」
「ああ、苗字に似合いそうだ」
「ん?」



なんだ今の発言。拾っていいの?悪いの?また天然発言なの?なんとなく気まずくて轟くんの方が見れない。気の無いフリをして冷静を装ってそうかなと答えると、轟くんは雑誌から視線を上げて似合うと思うと私を見て念を押す。これ、どういう意味なんだろう。轟くんに特別な人としてこういうことされてるのであればこれ以上ないってくらい嬉しいのに、いかんせん轟くんはなにを考えてるか分からない。天然イケメンなんだから手に負えない。よし、無かったことにしよう、忘れよう、話を変えよう。雑誌を閉じて轟くんとは逆側のソファの上に置いた。



「もう読まねぇのか?」
「うん、どうせ暇つぶしだし」
「苗字暇なのか?」
「うん、暇」



轟くんも?と聞くとああとうなづいた。せっかくのいい天気なのになんの予定もないだなんて勿体無いよねぇなんて世間話をふる。轟くんは私のたわいも無い話にも丁寧に相槌を打ってくれる。そんな轟くんの優しさが好きで、ついつい嬉しくなってしまう。



「苗字」
「なぁに?」
「暇なら今から付き合ってくれないか?」
「いいよ、どこに?」
「木椰区のショッピングモール」



轟くんからのお誘いだ。今日は嬉しいことが続くなぁ。こんなことだって轟くんにとってはなんてことないんだろうな、と思うと胸がぎゅっとなるけど、今日はそんなこと忘れて楽しもう。たまには浮かれたっていいよね。準備してくるねと横に置いていた雑誌を持って立ち上がる。



「ちなみに何か欲しいものがあるの?」
「ああ、服が買いてえ」
「服ね!」
「苗字の好きな格好のやつ」



一瞬理解ができなくて持っていた雑誌をポロリと落とす。落ちた雑誌の角が足に刺さって痛みで現実だと実感した。痛みに思わずしゃがみこんで足を抑えていると轟くんはおでこがくっつくんじゃないかと思うくらい近くにしゃがみこんで大丈夫かと聞いてくる。それだけでもう痛みなんて吹っ飛んで、さっきの轟くんの発言と今の距離の意味を考えてみる。だけど全く考えられない。



「とっ、とどろきくん」
「足赤くなってる。冷やすか?」
「大丈夫っ!大丈夫だけどっ!」
「顔も赤いけど大丈夫か?」
「それよりっ、さっきのどういう意味?」
「どういうって」



こういう時に赤くなるなんて轟くんはずるい。もう特別な意味にしか聞こえないじゃないか。





春が芽生えるその頃に



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