2
�A
この街の教会には、3年前から天使が住んでいる。
天使の名前はなまえ。
私の名前だ。
今日も今日とて孤児院の併設された教会は大賑わいで、誰も彼もが私の姿を――正確には私の背中にある翼を見ようと押しかけてくる。
おかげさまで寄付は絶えないし、シスター達も私のおかげで明日の食事にも心配しないで済むと大喜びだ。
齢3歳にして稼ぎ頭とは。私も出世したものである。翼の付け根を晒す服着て椅子に座っているだけだけど。
事実は小説より奇なりとは言ったもので、私には前世の記憶があった。正確には前世があったことを覚えているだけで、生まれる前の私が何をしていたかとかは覚えていないのだけれど。
今でも夢に見るあの白い部屋は天国か何かで、話しかけていたのは神様だったんじゃないか。
そう思うと、今親から捨てられて、信心深いシスター達のいる教会に拾われたのにも理由があるように思えた。私が”神様”を信仰するのも、当然の流れだった。
「なまえ、なまえ、大丈夫?体は冷えていない?」
「しすたー。だいじょうぶです。おなかはあったかいから」
この世界に生まれ、自分の背中に何故か翼が生えていたことも、そもそも此処が私の知っていた世界じゃないことにも驚いた。
髪の毛の色が奇天烈なのは珍しくもないのに、翼の生えた人間目当てにこうして人が集まるのだから、この世界にとっては私のほうが奇異なのだろう。
太陽の光を浴びて淡く輝くステンドグラスには私と似た天使の絵が描かれていた。
幸せだった。
孤児だと言うのにまず衣食住には困らないし、教会に住む幼い子供たち――私も立派な幼児だが――も、シスターも、皆とても私に優しくしてくれる。
森を彷徨っていた私を保護してくれたシスターには頭が上がらない。
正直、どうしてこんなに良くしてくれるのが分からなくて、教会の人を疑った時もあった。けれどすぐにそんな心も溶かされてしまう。だって、本当に善良な人達なのだ。それこそ神様を信じてしまうぐらいに。
「なまえ、シスター!みんなで森に行って木の実とってきたんだ。一緒に食べよう!」
「まぁオリバー。なんて優しい子なの。シスターはうれしいわ。さぁ、食べる前にみんなで泥を落としてらっしゃい」
「なまえは天使様だけど、小さいからあたしの妹よ。良い?お姉ちゃんであるあたしの言うことは聞くのよ」
「……うん、わかった、おねえちゃん」
「キャーッ!!かわいい!!ねえ皆聞いた!?なまえがあたしをお姉ちゃんだって!」
「なまえ、いけないわ!どうして羽を毟ったりなんか……!!」
「し、しすたー、だって、これを売ればきっともっと、お金が……」
「売るですって!?あなたの羽は、売り物なんかじゃないのよ!神様から貰った大事な体の一部なの!」
「でもかみのけといっしょで、また生えてくるし……」
「でももだってもありません。家族の身体を売ったお金で、私たちに暮らせというの?」
羽を毟った私を叱るシスターの背後に、天使のステンドグラスが見える。羽の部分が夕陽に色づき、まるでシスターの背にオレンジ色の羽が生えたようだった。
……きっと、私に翼なんて生えていなくても、シスター達は私を愛してくれていた。決して子供らしくない子供だったに違いない私を、羽が生えた”異形”である私を、こうして抱きしめてくれる人を、私は信じた。
神様を信じたあの日、私はシスターの心を受け取った。
ここに私の産みの親はいない。
気が付けば森に居たのだ。どうしてかは分からない。異形の子供を捨てたのだろうと当たりを付けたが、私は何も感じなかった。なぜなら、私には神様とシスターが居たから。母親はシスターだけで十分すぎる。
だから私はシスターを喜ばせたくて、進んで人前で翼を動かしたし、ステンドグラスも一所懸命磨いた。小さな体で出来ることなど少なかったけれど、お祈りも欠かさなかった。神様にお祈りするよりも、シスターの隣で膝を付くことが目的だったようにも思う。
同じ年の子供よりも運動は出来なかったけれど、怪我の治りも早くはなかったけれど、私は幸せだった。
4歳の誕生日、初めて森で遊べるようになった。背中の翼で飛ぶことは出来ないし、木々には引っかかるしで散々で、泣いて帰ってきた私を皆が慰めてくれた。
5歳の誕生日、同じだけ栄養を取っているはずの皆よりずっと小さな身体に合わせた、背中に翼用の穴がある修道服をもらった。私は嬉しくて、それから毎日トゥニカ(修道服)とウィンプル(シスターベール)をつけて過ごした。
お手製のそれらが宝物になった。私は幸せだった。
神様、ありがとうございます。
神様、ありがとうございます。
ああ、でもどうして。
どうして、神様。
「ジズダーッ!い、いや、い”や”ああああああ!!!」
どうして、教会が燃えているのですか。
なんとも呆気なく。私の幸せは崩れ去った。
前へ | 次へ
この街の教会には、3年前から天使が住んでいる。
天使の名前はなまえ。
私の名前だ。
今日も今日とて孤児院の併設された教会は大賑わいで、誰も彼もが私の姿を――正確には私の背中にある翼を見ようと押しかけてくる。
おかげさまで寄付は絶えないし、シスター達も私のおかげで明日の食事にも心配しないで済むと大喜びだ。
齢3歳にして稼ぎ頭とは。私も出世したものである。翼の付け根を晒す服着て椅子に座っているだけだけど。
事実は小説より奇なりとは言ったもので、私には前世の記憶があった。正確には前世があったことを覚えているだけで、生まれる前の私が何をしていたかとかは覚えていないのだけれど。
今でも夢に見るあの白い部屋は天国か何かで、話しかけていたのは神様だったんじゃないか。
そう思うと、今親から捨てられて、信心深いシスター達のいる教会に拾われたのにも理由があるように思えた。私が”神様”を信仰するのも、当然の流れだった。
「なまえ、なまえ、大丈夫?体は冷えていない?」
「しすたー。だいじょうぶです。おなかはあったかいから」
この世界に生まれ、自分の背中に何故か翼が生えていたことも、そもそも此処が私の知っていた世界じゃないことにも驚いた。
髪の毛の色が奇天烈なのは珍しくもないのに、翼の生えた人間目当てにこうして人が集まるのだから、この世界にとっては私のほうが奇異なのだろう。
太陽の光を浴びて淡く輝くステンドグラスには私と似た天使の絵が描かれていた。
幸せだった。
孤児だと言うのにまず衣食住には困らないし、教会に住む幼い子供たち――私も立派な幼児だが――も、シスターも、皆とても私に優しくしてくれる。
森を彷徨っていた私を保護してくれたシスターには頭が上がらない。
正直、どうしてこんなに良くしてくれるのが分からなくて、教会の人を疑った時もあった。けれどすぐにそんな心も溶かされてしまう。だって、本当に善良な人達なのだ。それこそ神様を信じてしまうぐらいに。
「なまえ、シスター!みんなで森に行って木の実とってきたんだ。一緒に食べよう!」
「まぁオリバー。なんて優しい子なの。シスターはうれしいわ。さぁ、食べる前にみんなで泥を落としてらっしゃい」
「なまえは天使様だけど、小さいからあたしの妹よ。良い?お姉ちゃんであるあたしの言うことは聞くのよ」
「……うん、わかった、おねえちゃん」
「キャーッ!!かわいい!!ねえ皆聞いた!?なまえがあたしをお姉ちゃんだって!」
「なまえ、いけないわ!どうして羽を毟ったりなんか……!!」
「し、しすたー、だって、これを売ればきっともっと、お金が……」
「売るですって!?あなたの羽は、売り物なんかじゃないのよ!神様から貰った大事な体の一部なの!」
「でもかみのけといっしょで、また生えてくるし……」
「でももだってもありません。家族の身体を売ったお金で、私たちに暮らせというの?」
羽を毟った私を叱るシスターの背後に、天使のステンドグラスが見える。羽の部分が夕陽に色づき、まるでシスターの背にオレンジ色の羽が生えたようだった。
……きっと、私に翼なんて生えていなくても、シスター達は私を愛してくれていた。決して子供らしくない子供だったに違いない私を、羽が生えた”異形”である私を、こうして抱きしめてくれる人を、私は信じた。
神様を信じたあの日、私はシスターの心を受け取った。
ここに私の産みの親はいない。
気が付けば森に居たのだ。どうしてかは分からない。異形の子供を捨てたのだろうと当たりを付けたが、私は何も感じなかった。なぜなら、私には神様とシスターが居たから。母親はシスターだけで十分すぎる。
だから私はシスターを喜ばせたくて、進んで人前で翼を動かしたし、ステンドグラスも一所懸命磨いた。小さな体で出来ることなど少なかったけれど、お祈りも欠かさなかった。神様にお祈りするよりも、シスターの隣で膝を付くことが目的だったようにも思う。
同じ年の子供よりも運動は出来なかったけれど、怪我の治りも早くはなかったけれど、私は幸せだった。
4歳の誕生日、初めて森で遊べるようになった。背中の翼で飛ぶことは出来ないし、木々には引っかかるしで散々で、泣いて帰ってきた私を皆が慰めてくれた。
5歳の誕生日、同じだけ栄養を取っているはずの皆よりずっと小さな身体に合わせた、背中に翼用の穴がある修道服をもらった。私は嬉しくて、それから毎日トゥニカ(修道服)とウィンプル(シスターベール)をつけて過ごした。
お手製のそれらが宝物になった。私は幸せだった。
神様、ありがとうございます。
神様、ありがとうございます。
ああ、でもどうして。
どうして、神様。
「ジズダーッ!い、いや、い”や”ああああああ!!!」
どうして、教会が燃えているのですか。
なんとも呆気なく。私の幸せは崩れ去った。