サボがカワイソウなオンナノコを連れて来て、三か月。
 滅多に表情を変えなかったテンシサマは、いつの間にかコロコロと表情の変わる人間の子供になっていた。

 多分さぁ、なまえは空から落ちてきた、カミサマの子供なんじゃねェかな。

 サボが言った。
 おれは決してカミサマなんて信じやしないが、確かに、なまえの姿を実際に見てしまうと、もしかしたら、と思わされてしまう。

 背中から生えている白い羽はどの鳥よりも白く、まるで波立った海の泡のように近づきたくなる。最近土埃で汚れてきたとなまえはいうが、それでもこの森の、どんな生き物の毛並みより……キレイ、だ。
 いつも着ている服が黒いのも、その羽の色を引きだたせている。のだと思う。

 なまえの身体は小さくて、細かった。ダダンとは大違いのほっせぇ腕は、おれやサボが本気を出して握ったらポキリと若枝のように折れてしまうだろう。
 実際一度、手を掴んで引っ張っただけでなまえは肩を痛めていた。弱っちい。そのあとサボと喧嘩になったが、結局なまえが泣いたので(本人は泣いてないと強がっていたが、明らかに泣いていた)決着はつかなかった。

 そんで極めつけは、その目だ。

 おれやサボを時折ジッと見つめるその瞳は、何処か浮世離れているというか、なんというか。
 おれを落ち着かなくさせる。
 まるで……まるで、心からおれを信用して頼り切っているようなその目に見られると、どうにも調子が狂った。

 サボは特にあの目から涙が溢れるのを見るのが苦手なのだと言っていた。

 確かに、なまえが泣くと、どうにもこうにも、胸が苦しくなるから、嫌いだ。

「やっぱオンナだからかなぁ」
「んぁ?」
「ほら、なまえ。すぐ泣くだろ」
「……ダダンは女だが泣かねーぞ。やっぱなまえが弱っちい泣き虫だからだろ」
「あァ〜……かもなァ」

 酷い雨の日は海賊貯金はお休み。誰が決めたわけでも無いけれど、いつからかそう決まっていた。
 足が付きやすくなるし、隠し場所である大樹に登りづらくなる。軽い雨なら続行するのだけれど、あいにくにも今日は酷い土砂降りの日だった。

 ついでに今日はなまえが風邪を引いていたので、二人して洞の中でカンビョウをすることにした。
 なんもしてねェくせに、どうして風邪なんか引くんだか。おれもサボも風邪なんて引いたことないのに。

 なまえが来てから、海賊貯金はなまえが暮らす大樹の洞に隠すようになった。此処なら雨が降っても中身がぐちゃぐちゃになることは無いし、高さがあるから他の奴らに見つかることもない。
 なまえも隠せるから調度良い。

 特に二人して相談したわけでは無いけれど、自然とそうなった。

 顔を赤くして寝ているなまえに布を沢山かけて、サボはため息をついた。
 閉じられた瞼に汗ではない水が光るのをそっと拭っている。

 洞の中はおれたちが一斉に寝転んでも十分な広さがあって、光るキノコでうっすらと明るい。サボの作った布の山に埋もれるようにしてなまえは寝ていた。
 背中にある羽のお陰で仰向けになれないのだろう、横向きに。手足を畳んで寝ている姿は、ただでさえ頼りない彼女の姿をさらに小さく見せた。

「……死なねェよな」 

 思わず、呟く。
 小さくて、細くて、弱い。いつも着ている真っ黒の服の中は、今でも消えない痣で埋め尽くされていた。
 どこで付いたかも分からないような切り傷や、火傷の痕もあった。

 こんな弱っちいなまえの足首には、いまだに鳥扱いされていた証の銀の足輪が付いている。
 本当に弱っちい。おれなら、サボなら、とっくに治ってておかしくない怪我もなまえには治せない。

「死なねェよ。なまえは、弱っちいしすぐ熱も出すけど、死なねェ。あの屋敷に捕まってた時だって、熱は出してた。殴られても蹴られても、死ななかったんだ。すぐ良くなるさ」

 いつもは隠れている長い髪の毛が汗に濡れていた。おれ達を落ち着かせないあの目も、今は閉じられている。
 荒い息を繰り返すなまえの頭をサボが優しく撫でて、力強くそう言った。

 おれは、おう、とだけ答えて、なまえが起きたらすぐ食べられるように、甘い汁の出る果実を探しに外に飛び出した。
 果物だけのつもりだったが、サボも「おれも行く」と樹から降りてきたので、一緒に街まで薬を盗りに行くことにした。

 面倒くせェけど、まァ、今更こいつを見殺しにすることも出来ないしな。
 おれとサボは雨の中、持てる全速力で街まで走った。


#


 目が覚めると、身体がとても重たいことに気が付いた。寝苦しいと思ったら何故か沢山の布――本当に何処から持ってきたのか分からないぐらいの布がかけられている。

 ああ、また熱が出ていたのかも。

 身体を動かせば、ずるりと布山が崩れる。洞の中は光るキノコのお陰でうっすらと明るい。
 上半身を起こしたことで、ウィンプルが取れていることが分かった。服装も意識がある時に着ていたものじゃなく、もっと簡素なワンピースになっている。二人が、変えてくれたのだろうか。
 意識の無い人間の服を変えるのはとても大変だったろうに。特に私は翼があるから、より着替えさせにくかっただろう。

 看病してくれたのであろう二人をキョロキョロと探す。子どもだけで暮らしているのだ。薬等もないし、大層迷惑をかけてしまった。

「サボ? エース?」

 謝ろうと声をかけたが、返事はない。
 
 にわかに不安が襲ってきて、布山から抜け出した。

「エース、サボ。何処……?」

 外は酷い雨で、ざあざあと音を立てている。
 まさか、愛想が尽きてしまったのだろうか。
 身体の弱い私に、愛想をつかして二人して何処かへ行ってしまった?

「……」

 恐る恐る一つしかない出口に近づく。やはり、誰もいない。
 嫌な考えが頭に浮かんで涙が出てくる。エースに、泣くなこの泣き虫!と怒られてしまう。サボに、どうした、何処か痛いのか、と心配されてしまう。
 けれど二人はいない。

 熱のせいなのか悲観的になってるだけだ。二人は今、きっと何処かで雨宿りしているだけ。こんなに泣き虫じゃあ、二人のオネエチャンになんてなれやしない。

 そう思うのに、涙は次から次へと止まらなくて、その場で蹲る。サボ、エース。

 ざあざあと、外がうるさい。
 


「うえー、びちょ濡れだ。はやく止まねーかなァ、雨」
「おいサボ、滑るから早く上行けよ!」
「おー、荷物引き上げるから貸せ……ってなまえ!どうしたんだ!!」

 蹲って頬を濡らす涙を一生懸命拭いていると、洞の出口からひょっこりとサボが顔を出した。
 枝を伝ってきたのだろう、びしょびしょになったその顔と目が合う。私をみて驚いた顔をしたサボは、持っていた何かを手放して急いで私に駆け寄ってきた。

「さ、ザボぉ……」 
「どうした!?どこか痛いのか!?」
「おいコラ!引き上げるっつったのに荷物投げてんじゃねーよ馬鹿! んあ!?起きたと思ったらまーた泣いてんのか泣き虫は」

 サボに続いてエースが洞から入ってくる。大きな布の包みの中を担いだ彼は、まさしく鬼のような顔で私を見た。
 二人ともびしょびしょに濡れており、とてもじゃないが寒そうだ。

 彼らの――エースの持っていた荷物から、食べ物やら包帯、何故かトンカチ、そして恐らく、薬と思わしき瓶がこぼれ落ちるのを見て、私の涙腺は決壊した。

「エ”ーズぅ……うっうぇ……ふ、二人が、居なくて……わたし、置いて行かれた、がどぉ……」
「はァ!?そんなことで泣いてたのかお前!」
「そんなことじゃないぃ!ばかぁ!」
「チッ、やっぱお前嫌いだ。弱虫なまえめ」
「う”、うぅ”、エースの馬鹿ぁ!わたしは好きだもん……!サボもエースも、好きだもん……!」

 叫びながら二人に抱き着くと、じとりと私の服も濡れたのが分かった。
 ガキかお前!と二人は私を引き離そうとしたが、どうしても離れたくなくて嫌々、と首を振る。
 多分本気で彼らが嫌がれば私を突飛ばせるだろうけれど、きっと私の身体を気遣ってそれをしない二人の身体をぎゅう、と抱きしめた。
 腕の長さが足りなかったので翼も使った。

「うぅ、……ありがとう」

 冷たい身体を少しでも温めようとくっついて、二人に聞こえるように言えば、サボも笑って私とエースを抱きしめ返した。
 エースは私とサボに挟まれるようにされているので、身動きが取れずに身じろいだが、結局ため息をついて許容してくれたようだった。

 ざあざあと雨が降っている。
 洞の中は私の泣き声、サボの笑い声、エースの怒鳴り声で、酷く騒がしく、いつしか雨の音も気にならなくなっていた。

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