01 産まれてきたのは
母親の腹の中に居るときから弟の存在に気がついていた。俺と共にうずくまる小さな命が、この赤に満たされた世界に居ることでどれだけ俺を安心させたか。きっと弟は知らないだろう。
産まれながらにして……いや、産まれる前から孤独に苛まれていた俺を救っていたなんて、きっと。
「にいさま!今日も何か面白い話しはないのか!」
「エネル!うーん、そうだな……では青海に伝わる神話をしよう」
「やった!私はそれが一番好きだ!」
くりくりとした目に特徴的な眉。ふわふわとした金髪は俺と同じく短く纏められており、そこから覗く耳たぶは長い。
可愛い俺の弟、エネルはそう言って笑うと座っていた俺の腹に抱きついた。彼がこういった話を好むのを知っていて俺はうろ覚えの神話を、それらしく脚色して話していた。エネルはそれを俺の作り話だと思っているらしいけれど、生まれてこの方離れたことが無いのだからそれも当然だ。エネルが知らないことを俺が知っているはず無いのだと、絶対の信頼……信頼?を向けられている俺は、きっと後三十年は弟離れを出来る気がしない。
「む。おい、面倒な奴らが来る。場所を変えるぞ」
同じ時に生まれ、同じ遺伝子から構成されているはずなのに、俺とエネルはまるで違う。
瞳の色も、髪の色も、顔だって似ているけれど、圧倒的なまでな"力"が弟にはあった。生まれながらにしてチートとか普通過去の記憶がある俺にこそ必要なのではないか?と思わなくもないが、彼と同じ素体を使ってはいるのだからスタートは同じ。つまり俺Yoeee。なんでだよ。そこは弟より強くなってお兄ちゃん無双させろよ。
「……おいゲイア、聞いていたか?早くいくぞ、疾く立て」
「あ、ごめん、ボーっとしちゃった」
眉間にしわを寄せ俺の頭を叩くエネルの頭を撫でた。同じ身長、同じ体重、顔つきはすでに違いが出てきているけれど、血の繋がりを感じるそれが愛おしくてへにゃりと顔をゆがめる。六歳エネルくんホント美形。俺の弟マジ神の使い。いや俺も同じ顔なんだけどさ。若干違うんだよな。
最近神兵のやつらが変な目でエネルを見ている気がするし、彼らに鉢合わせる前に逃げてしまおう。俺とエネルは手を繋いで長い廊下を走った。広い神殿の何処からか、「お二人とも走ってはなりません!」と声が飛んだがお構いなしだ。
「ヤハハハ、やはり私の方が足が速い!」
「あ、ちょ、待て、こけるこける!」
足をもつれさせる俺を見て喜ぶエネルの声が廊下に反響し、遥か後ろから神兵の声が俺らを呼ぶ。負けじと俺も足を動かし、エネルに引かれた手を引き返した。
「エネル!まだまだ俺の方が早いぞ!」
「ヤハハハハ!よく言う!勝負で私に勝てた試しなどないくせに!」
「ふふ、俺の方が背も高いのではないか?性格も俺の方が大人だ!」
「何だと!?同じ年の瀬だぞ我らは!」
「ふふふ、あはははっ!エネル、顔が真っ赤だ!そんなに怒るなよ、凛々しい顔が酷いぞ!」
「えぇいゲイア!少しばかり腹からでるのが早かったからと!!」
繋がれたままの手のひらが暖かい。エネルは反対の手で拳を作り振り上げるけれど、本当に当てようとはしていないのだろう。あくまで振り回すだけのそれを大袈裟に避けてみせれば目があって、俺たちは二人して笑い声をあげた。
エネル。俺の弟。いつかこの故郷を雷鳴に沈める弟。
でも、大丈夫。エネルはこんなにイイコじゃないか。彼を、あんな暴虐の神なんぞにしない!フェアリーバースだって二人で行けば良いさ。
俺は幾度めかの決意を胸に、繋がれた手を離さないよう強く強く握っていた。