02 むしょくとうめいな君よ
白々海は名前の通り白い。
雲で出来た海には底が無く、落ちれば一途空の上、どこぞの楽園から落ちた男女のように、二度とは戻れないであろうことを易々と想像させた。
「おいあれ……」
「出来損ないの兄の方だ。弟君は何をされても才能に満ち溢れているというのに」
「ああして海を見ている暇があるのも皮肉なことだな」
なーんて黄昏ている俺の後ろで、神宮で働く神兵どもがわざわざ聞こえるように嘯いた。何なんだよお前ら。お前らこそ俺の悪口言ってる暇があるなら働けよ。我未来の神の兄ぞ?弟の威を借る兄ぞ?
そう思いはするものの。直接彼らに文句を言うことも出来ないのは、確かに俺が今、他の神兵達と戦闘訓練をしているエネルを置いて、こうしてサボっているのが事実だからだ。
俺とエネルはビルカという空島の、それなりに高い地位であった。理由は簡単。親が高い地位にあるえらーい人物だったから。
ということは。世襲制が主なこの島の、時代のえらーい人物になるのは俺とエネル。だが旗が二つあれば、優劣を付けたくなるのが人間というもので。
「このあいだも、エネル様と百度模擬戦をされても一度も勝てなかったとか」
「双子とはいえ優劣の差が大きいと、哀れですなァ」
「(……だから聞こえてるんだよなァ)」
俺は暇な神兵に背を向けたまま、そこ等にある花を海へと投げた。風に攫われたそれは美しい桃色の花弁を散らし海へと……雲の底へと消えていく。
こんなことなら部屋にでも居るんだった。エネルは身体を動かすことが好きな性質だし、しばらくは訓練から逃げ出すこともないだろう。どうしようもない孤独感が俺を苛むようで、俺は足を抱えて、またぼんやりと白々海を眺める作業に戻った。
「……本当にいいよなぁ」
「ああ、気楽なもんだ……努力もせずにああしてのんびりしていられるなんて」
「落ちこぼれの癖に」
うるさいなぁ。俺だって別に好きで落ちこぼれしてるんじゃないやい。本当ならエネルと訓練だってしたいけど、お前らみたいなのがいるから俺はこうして此処にいるしかないんじゃないか。マジであの訓練教官いつかぶっ飛ばすからな。べたべたねちねち嫌がらせして来やがって。エネルの前で騒げないのを良い事に、あの野郎セクハラ紛いの嫌がらせばっかしてくんだからな!こちとら八歳だぞ!イエスロリショタノータッチの原則を知らんのか。
そんなことをつらつらと考えていると、背後から別の声がして飛び上がり振り返った。
「ほーーぉ、神兵は随分と暇なのだな……」
「エッ!エネル様!」
「エネル!」
「お前らの言葉はよぉく聞こえていたぞ」とエネルは小さなのの様棒(仮)を持ちつつ神兵をギロリと睨む。慌て伏した彼らはあっという間に去っていくと、エネルは詰まらないものを見た、とでも言いたげにため息をついて、俺の方へと足を進める。
「エネル、訓練はもういいのか」
「フン、ゲイア、明日からはお前も来い」
「えー……まぁ、エネルがそう言うなら行くけどさ」
「明日からは教官も変わる」
そう言って、エネルはドスンとその場に腰を下ろした。
……察せられてた感じか〜〜。俺は額に手をやって、天を仰ぎ見るように、同じくエネルの隣に腰かけ身体を倒した。
「なぜ早く言わない」
「いや……だって、カッコ悪いだろ。俺はエネルのあにさまなのだから」
「ほんの数秒で兄ぶるんじゃァない」
そういわれましても。兄の……男のプライドがだなぁ。俺はそう口元でぼやく。胡坐をかいているエネルは仰向けに寝転がる俺を見下ろして、仕方無さそうに笑った。
俺の弟マジ神の使い……。やだ、お兄ちゃんがやりたいこと全部先にやるじゃん。くそう。
「私とお前は二人で一柱の神なのだ。兄だの弟だのと面倒な考えは捨てろ」
「……やだ、エネルくんマジイケメン……」
「イケメンとはなんだ?お前は造語を多用しすぎる」
双子の弟がこうもかっこいいと、尚更お兄ちゃんとしては背伸びしたくなるんだよなァ。
俺はエネルに手を伸ばして、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。抵抗するエネルは俺の耳たぶを掴むとぎゅう、と引っ張る。痛いわ!
身体を支えていた腹筋の力を抜くと、俺はまたその場で仰向けに倒れ伏した。
「二人で一柱かぁ」
「なんだ?不服か?」
「いーや!俺も気に入った!」
へらりと笑ってエネルを見返す。そうか。そうか。
彼にとっても俺は、そう思えるような存在なのか。
あと二十年。その後どうやったかは知らぬが彼は本当に神と呼ばれる男になる。その時もどうか傍に居させてくれ。俺は遠い未来に思いをはせると、両腕を頭の後ろにやって目を閉じた。エネルのため息と白々海の波音をBGMに、俺は昼寝と洒落込んだ。