08 それを愛とよんだのは



「エネル。お前に人を哀れむ心はないのか」

 存外強い言葉であるが、俺の口調は軽い。息を呑んだのはエネルの配下である四人の神官共だ。
 エネルは寝転んだままチラリと俺を見て、目の前で座っている四神官をそのままに口を開いた。

「ゲイアにはあると?」
「そりゃあるよ」
「ヤハハハ!良く言う。おれと自ら以外をヒトとも思うて無いくせに」

 いやいやいや。俺を何だと思ってるんだ弟よ。お兄ちゃんを外道扱いするのは止めなさい。
 眉間に皺の寄った俺とは対照的に、エネルはニヤニヤと笑った。

「なんだ、自覚が無いのか?」
「自覚も何も、お前の誤解だ」

 アッパーヤードの神の社。つい先日作られたばかりだと言う特注のソファにエネルは横たわって、フム、と存外真面目に思考を巡らせた。
 その傍らでは俺のお気に入りのクッションが肘おきに使われている。どおりで部屋に無いと思ったよ。

 俺は成人男性二人が横たわれる程の大きなソファ(最早背もたれの付いたベッド)の背に乗り上げた。
 社の開いたスペースで平伏していた四神官が驚いたように顔をあげたので、チラリとそちらを見やるがすぐに目を逸らされた。なんだよ。
 心鋼があるから、平伏したままでも俺らが何をしているのか把握出来るのかも知れない。
 けれど辞するタイミングを逃したな。ドンマイ。

 てかエネルはエネルで悩みすぎだし。何故思い当たる節が無い、みたいな顔してんだよ。心当たりならありまくるだろ。

「ビルカを雲流しにした時とかさァ、心に思うところはなかったのか?」
「はて、おれの記憶が正しければ雲流しにしたのはお前だったと思ったが」
「俺がやんなきゃお前がゴロゴロやっただろう」
「救ったつもりか?本当に流しただけのくせに」

 そう。つい先日、何を思ったのか、本当に突然エネルは神兵を率いて故郷であるビルカを襲った。
 マジで突然過ぎてビビった俺は、慌てて周りの海雲を操り必要な分を切り取ると、エネルから島を逃すように故郷を遠い空の何処かへ飛ばしたのだ。

 そして俺がそちらに釘付けになっている間にエネルはアッパーヤードを襲撃、掌握したのだから本当にどれだけエネル達の動きが速攻だったか分かると思う。これがほんとの電撃作戦。
 神兵やら神官はエネルに付き従っていたから前から計画されていたことなのだろう……俺は除け者で。良い気はしないが、済んだことだ。むぐぐ。

 もしもに備えて準備はしていたし、エネルの雷を常に察知できるようにしていたから何とかなったけれど、流石に島をまるごと動かすには相当な力と時間がかかった。
 お陰で俺は今も筋肉痛。その異種返しというわけではないが、エネルの心が知りたくて、俺はだらりと身体をソファへ滑り込ませた。

 ガンフォールのお爺さんには悪いけど……。俺は、故郷とスカイピアなら故郷を。弟と故郷なら弟を取る。

「で?」
「ヤハハ、ゲイアよ、お前は蟻を哀れに思ったことがあるか?」
「それ答えだろ……。まぁ、無いけど」
「だろうな。人間というのは自分に近い生き物に対してのみ心を沿わす事が出来るのだ。自分と似た部分があると思い込め、かつ自分より格下であること。まぁその他色々とあるが、おおよそそれが"哀れむ"等と言う感情を形作るための条件だ」
「乱暴な条件設定だなぁ……それで?」

 意外と真面目な返答が返ってきそうだ。ぱちくりと目を瞬かせてエネルを見やれば、同じソファにいるのが嫌なのかエネルは俺の腹めがけて脚を突き刺した。エアエアのお陰で弟のDVにも耐えられています。もしやそのために。いやナイナイ。

 俺は構わずエネルとは反対の方向に頭を向けて、先ほどされた仕返しにエネルの足の上に自分の足を置き返した。ビリビリするような気もするけれど、痛みは全く感じない。
 エネルは俺を見下すように鼻で笑った。

「フン。分からんか馬鹿め。このおれが心沿える人間なぞ一人しかおらんだろうに」
「えっ!?個人がいるのか!?」

 なん……だと……。
 絶句したのは俺だけで無い。そりゃぁそうだ、暴君でありアラミタマを素でいくエネルのこの言葉。
 エネルにいい人が出来て嬉しいような、そんなまさかと言いたいような、言葉にしきれない感情で胸が震える。
 俺は跳び跳ねるように身体を持ち上げ、ずずい、とエネルに被さるように顔を近づけた。

「兄は!兄は嬉しいぞエネル!お前にそんな人が居たなんて……!誰だ?いや待て名は言わんでいい。その女性に迷惑がかかるといけない」
「……チッ。女ではない」
「なにっ!?男!?いや、いやいや、俺は偏見など持たぬ男だ。えー!どんな人?俺の知ってる人?ってか何だよぉ、水臭いじゃんかもっと早くに言えよぉ!!」

 わくわくドキドキ。果たして我が弟が惚れた人とはどんな人間なのか。
 空気人間のくせに空気が読めない俺は、周りの温度が冷えに冷えきった事に気付かずエネルに詰め寄った。

 軽い気持ちでした質問が、まさかこんな答えを運んでくるなんて!

「エネル、エネル、兄は知りたいぞ」
「…………興が削がれた。話は終いだ」
「ここで!?何でだよ!ケチ!ワガママ大王!雷親父!照れ屋さん!」
「雷獣(キテン)」
「そこまでするかお前ェ!!」

 寝転がったままのエネルの上に被さるように身体を寄せていた俺の身体が空気となって散る。エネルの太鼓から産まれるようにして現れた雷獣は、俺の腹を食い破るに留まらず獲物を放る仕草で俺を吹き飛ばした。
 なんっっでだよ!普通ここまでするか!?
 俺は追い掛けてくる雷獣から逃げるため、慌てて空気となって室内に逃げ込んだ。

 いやそれにしても、まさか弟に好い人が出来るとは。襲いかかる雷獣を避けながら、俺は胸を覆ったもやもやを消し飛ばすように、高笑いをしては逃げ回るのであった。



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