14 神の子
「”風神”には決して手を出してはならぬ」
真剣な表情でそう言ったガンフォールに、一行はきょとんと目を丸くした。
「風神?」
「この島に神様何人いるんだよ」
「手ェ出すなって言われてもなァ」
インパクトダイアルの説明を終え、一息ついたところにこの言葉だ。気が緩んだ三人は、壊れた樽の余韻に浸る間もなく発された言葉に肩を落とした。
「”風神”ゲイアは、エネルの片割れと言われている」
「言われている、って。結局誰なのよ、その風神ってのは」
疲れたようなナミの言葉に、ガンフォールは一つ頷いて見せる。
「実を言うと、儂も良くは知らん」
「「知らねーのかよ!」」
「が、一度だけ出会ったことがある。森で迷子になっておった」
「「いやいやいや……」」
「風神様なのに迷子って……どっかのマリモみたいなやつだな」
「やつは儂をゲリラの者と勘違いしていた。見た目はエネルそっくりなのに、底抜けに明るく、争いを嫌う男だった」
かつて森で出会った男の姿を思い起こす。ガンフォールを見て、その鎧と槍を視界に入れた瞬間、「うわぁ、まじかぁ……休戦しない?」と持ち掛けてきた、何処か抜けた愛嬌のある表情の男だった。
ゲイアと名乗った男はふわふわと浮きながら森を彷徨っており、ガンフォールから逃げようとしつつも同じ場所をぐるぐる回るのだからどうしようもない。
エネルに似た顔は確実に血の繋がりを感じさせるのに、どうにも憎ませてくれない表情ばかりを浮かべていた。
「なぁ、休戦しようよ。俺、戦いとか苦手なんだよなァ」
「何を……!貴様、エネルの縁者であろう!!」
「あ、うん。エネルがお世話になってますーーって、これ挑発じゃないからね!?いやほんとに!」
「ふざけたことを!」
ガンフォールの繰り出す攻撃は全てが空を切っていた。確実に当たった、と思った一撃も、ひらひらとした布に紛れて気づけばすり抜けている。そうしている間に森の奥深くに現れた神官が、ガンフォールとゲイアを見付けた。
「あーっちょっと待った!違うから!俺が〜〜……アレだよ。遊んでたの。だからそんな怖い顔すんなって!」
「ですがゲイア様!!」
「俺の言う事が聞けないの?」
「とんでもないことですっっ」
そうしてゲイアが腕を一振りすると、気づけばガンフォールは森を抜けた上空に身を躍らせていた。一瞬のことで何が起きたのかも、その時には分からなかった。
「えっ、じゃあつまり、その風神って、エネルよりも強いってこと!?」
「かもわからん。それっきり儂はあの男に会うことは無かったし、ゲイアが風神と言われているのを知って、ようやく儂はあの時の攻撃が”風”を使ったものだと理解したのじゃ」
エネルによく似た、けれどエネルではない男。
ガンフォールはもう一度、腹に力を込めた。
「少なくとも、あの時あの男に戦闘の意志は無かった。儂が深追いしたので撃退せねばならんと嫌々腕を振るったように見えた。であるならば……恐らく、此方から仕掛けねばあの男は積極的に攻勢に出ることは無いじゃろう」
「そんなやべェやつまでいんのかよ空島……!」
「今……我が片割れの名前をみだりに囀る声が聞こえたな」
「ーーッ!?」
落ちる雷。光と音とを引き連れて、そこに現れたのは”雷神”・エネルであった。
そうして時間軸は現在へ戻る。
ナミちゃん、サンジくん、ウソップくんの三人は何とか空飛ぶ船から脱出し、島雲へと身体を落とした。俺の身体もついでに抱えたまま。
『俺の身体……俺の身体ァ……!!』
確かに下敷きにされても、多少なら大丈夫だよ?!鍛えてるからな!でもだからってそんな雑に扱うことある!?
血は出ていないが、来ている服のひらひらした部分が所々擦り切れている。俺の一張羅ァ!!いや多分船に沢山布残ってるけど。
サンジくんは俺の身体を島雲に横たえると、改めるように俺の前髪をかきあげた。
「やっぱりエネルによく似てる……!この人が、”風神”ゲイアよ!」
「エネルが手ェ出せなかったってとこ見ると、弟か何かなのか」
「ククク、クローンだったりして」
「ちょっと、怖い事言わないでよ!あんなのが二人だなんて!!」
好き勝手言われているし。
どうにか身体に戻れないものか、自分の身体の前で浮いたり重なったりしているものの、未だに戻れる気配が無い。どうしたら良いんだこれ!ロギアあるあるとかなのこれ!?少なくともエネルが自分の能力で困ってるとことか見たこと無いんだけど!?
『おーれーのーかーらーだー!!何処持ってくんだよ泥棒ー!!』
最早半キレで、誰も聞いていないのを良い事に泣き喚く俺。
三人は仲間を見つけたらしく、速度を上げて走っていく。当然俺の身体も連れて。置いてってくれて良いんだけどなァ……。
「アイサ!良かった、無事なのね!?」
「ナミ!!……ッえ、エネル!?」
『違うよーゲイアだよーくそう、早く戻らないと船が……ってかあれエネル一人で直せるのか?サンジくん容赦ないんだもんなァ……うう、戻りたいぃ』
「あ、違う違う、この人は……」
「ゲイア、って、風神様、の?」
「ん?なんだ、知ってんのか?」
「いや、本人がそう言ったし」
「「「……本人が?」」」
気づけば見慣れぬ黒髪の女性も増え、地面には死屍累々と言ったばかりに男たちが倒れこんでいる。誰も死んではいないが、決して見て居たいとは思えない程の怪我を負っている。
むぐぐ。自分の身体の上で胡坐をかいていると、恐る恐ると言った風に一人の女の子が俺の前に立った。
「ね、ねぇ……」
『ん?なんだ童か……』
「あの、あんた、あ、違った、あなた、風神様、なんだよな?です?」
『そうだよー。……って、どうせ聞こえてないよなぁ』
「ねぇ!ナミ、やっぱり風神様だって!!」
「ほ、ほんとに会話出来てんのアンタ!?」
会話?
俯いていた頭をがばりと上げる。
少女と、目が合っていた。
『まじか!!』
思わず勢いよく立ち上がれば、アイサと呼ばれた少女はビクッ、と身体を揺らした。が、その視線は俺の顔を追うように上を向いている。やはり、見えている。
『まじか、まじか、まじか!!お前、俺の姿が見えているな!』
「ははは、ハイ!いや、イイエ!姿は見えないけど、音が、聞こえる、から」
『そうか、僥倖!まさしくこれは天の恵み!いやちょっと違うか!?いや何でもいいや、お前、アイサと言ったな?この者達に俺の身体をもう少し丁寧に扱うよう言ってくれ!あとご飯もしっかり食べて居る、とサンジくんに伝えよ!』
アイサの肩を触れようと手を動かしたが、残念ながらその手は空を切った。くそ、触るのはだめなのか。でも心なしか風が起こった気がする。
目を真ん丸にしたアイサは、俺に言われた通りにナミちゃん一行へ言葉を向けた。
「あの、ナミ……風神様が、身体を大切に扱えって。あと、ご飯はしっかり食べてるって伝えろって」
「ほ、ほんとに風神が、ゲイアが居るのか!?」
「でも、身体は眠ってる、わよね……!?」
『どうやったのか分からんが身体に戻れなくなった!』
「身体に戻れなくなっちゃったんだって」
「な、なんだそりゃぁ……」
気が付けば少し指先の空気を動かせるようになっている気がする。俺はアイサを急かすように、彼女の後ろからバサバサと風をはためかせた。寝転ぶ俺の身体のひらひらが揺れる。一行は俺が本当に居るのだと確信したようで、アイサを庇うように抱き上げると、俺の身体からジリリ、と距離を取った。
『ええい、俺は争いは好かん!ってか今何も出来ないから、良いから俺をエネルのとこに連れてってくれ!アイサ、通訳せよ!』
「な、なんでアタイが」
『む。嫌か?俺はエネルを止められるぞ。どうしてこんな事になっているのか、経緯は一切分からんが、エネルの暴走を俺無しで止められるのか?』
「ぐ……っ、ナミ!ゲイア、サマ、が、自分をエネルの所に連れてけ、争いは嫌いだし、何もしないからって言ってる!」
ふふん、子供の扱いなぞ慣れたものよ。
俺はべしべしと自分の身体についているひらひらを風にたなびかせてアピールした。一行はどうしたものか、と四人で顔を見合わせている。おら、連れてけー!!あとついでに君らの中にロギア居なかったっけ?