13 リーン、リーン、リーン
まさしく神の為に作られた部屋だった。
豪華絢爛。溢れんばかりの黄金で作られたその部屋は、その部屋そのものが宝だと勘違いしてしまいそうな程に人の欲を掻き立てる。しかして部屋の主の為に作られた細工は機能美にも優れていた。
サンジが縦に二人寝転んでも悠々と過ごせるベッドは柔らかく、上品なサイドテーブルには黄金の杯が二つ。光を放つダイアルは黄金の輝きに邪魔されない程度に淡く輝き、歯車の剥き出しになった通路からは考えられ無いほど上品な雰囲気を醸し出している。
「なんだ此処ァ……?」
攫われたナミを救うべく、サンジ達が入り込んだ船は空を飛ぶ神の船であった。
他の部屋とは明らかに違うその部屋は、歯車が剥き出しになっている船内とは違い、人がより良く過ごすための工夫がなされている。それこそ、誰か地位の高い人のための部屋のように。
そしてサンジの目の前にあるベッドの中には、明らかに誰かが横たえられている膨らみがあった。
「人質、っつーのはあんま好きじゃねェが……」
薄いカーテンで仕切られたベッドに近寄る。今は何より、ナミの身が心配であった。先にウソップを行かせてはいるがそれも何処まで持つか。
サンジは意を決し、カーテンを捲った。
ふわふわとした感覚がある。
エネルめ。お前、武装色はいくら何でも卑怯じゃねェ?見聞色に特化してたんじゃねェの?
……そこまでして俺を殴りたかったのか?
うう、俺、もう起きたくない。
エネルに嫌われたら、俺割とマジで寝込むかも。
ふわふわとした感覚のまま、俺がアレコレ考えていると、扉の開く音がした。何かから隠れるようにして入ってきたのは見覚えの無い金髪の男だ。空島の人間では、無い。
(ああ、主人公のとこの……なんだっけ。コックくん?)
コックくんは部屋を軽く見聞すると、恐る恐ると言った風に俺の眠るベッドへと近づいてくる。
だが残念、そこで寝てる俺は半分空気になっている俺の抜け殻だ。
エネルに殴られ……エネルに嫌われたのでは、と考え始めてから、俺は身体に戻れなくなってしまったのだ。
『いやマジでこれ幽体離脱じゃね?死んでない?俺これ死んでない??』
「なんだ男か。やけに身なりは良いようだが、やっぱこいつが神、なのか?」
『一応風神様ですよ。え?あの、俺の身体何処持ってくの?ねぇ、おーい』
「ちゃんと飯食ってんのかこいつ……身長の割にどう考えても軽すぎる」
『食べてる食べてる。良いもんそこそこ食べさせて貰ってるよ。ってかねぇ、俺の身体!!足引きずってる!!』
誘拐!?えっ、主人公って確かに海賊だけど、誘拐とかしてましたっけ?そういや昔、ヒューマンショップとかいう闇の深いワードがあったような無かったような……いやいやいや、主人公は流石に関わって無いよね!?
ふわふわと浮いている俺を置いて、ずかずかと進んでしまうコックくんを追う。
時折船を壊して進む彼に何度か声をかけたが、どうやっても俺の声は届かない。
『これやっぱ俺死んでない……?』
決して手荒な扱いではないが、軽すぎてたまに投げられる俺の身体。ぷかぷか浮いて進めるけれど、戻れない俺の身体。ああ、どうしてこんなことに……。あとこの船作るのめっちゃ苦労してたんだからな!!主に神隊たちが!!人の船壊しちゃ駄目絶対!!
破壊されていく船を見守る事しか出来ないのが歯がゆいが、どうしようもないのでコックくんの後をひたすらに追う。どうにも感覚がふわふわとしていて、今がどういう場面なのか分からない。
せめて見聞色が使えればなぁ。身体が半分に分かれてしまっているからなのか、電気の気配も察知出来ない。原作にこんな場面あったか?……だめだ、思い出せない。
そうこうしているうちに、コックくんは外に繋がるらしい扉へ手をかけた。
ようやく、少しの音が聞こえ始める。
そこには
『エネルッ!?』
「……ゲイアッ!?」
そこには、ボロボロになったエネルの姿と、暗雲が立ち込める空。船には戦闘の痕が残り、蹲る男女までもが驚いたように此方を見ている。
「貴様ァッ……誰に手を出しているか、分かっているんだろうなァ!!」
バリバリと音を立てて怒りのままに吠えるエネルは、けれど俺の声が聞こえているわけでは無いようだった。
俺でも見たことが無いほどキレていらっしゃる。え、これはお兄様が誘拐されているから怒ってくれてる、ってことだよね?ていうかこんな怪我してたか原作で!?見聞色はおろか武装色まで使えるんだぞ俺の弟のエネルは!!どうしてここまで!!
「ふー……やっぱこいつが神、か」
「サンジくん!!」
「不肖サンジ、遅くなりましたがお助けに参りましたァんッ」
俺の身体は相変わらずコックくんーーサンジくんの肩の上だ。二つに折られた身体にどうにか入ろうとしているのに、どうやって戻ったら良いかが分からない。うわあああ俺の馬鹿!まさかエネルがこんなにボロボロになるなんて、本当に思ってなかったんだ!
完全にキレているエネルを警戒しつつ、サンジくんは男女ーー恐らくウソップくんとナミちゃん、に近づく。エネルもその顔に笑みを浮かべる事さえせずに、開ききった瞳孔で意識の無い俺の身体を見つめていた。
『ひぇ……敵ながら、サンジくんたち、よくこのキレ方してるエネルの前で立ってられるな』
「ひぇぇぇ……さ、さっきよりキレてねェか!?サンジ、肩に居るそいつっいえ!!肩にいらっしゃる方はどなたですか……」
『あ、やっぱ怖いよね。激おことかいうレベルじゃないもんなアレ』
「船の財宝が詰まった部屋で寝てた。身なりが良いから、こいつが”神様”ってやつなんじゃないかと思ってな」
「え!?でも、”雷神”エネルは目の前に……!?」
ナミちゃんが俯いた俺の顔を覗き込む。あー、ナミちゃん可愛いな、なぁんて思ってる暇は無いんだろうなァ!
「殺す。最早遊びは終わりだ。貴様だけは、何があろうとこのおれが殺す」
『ひぇ……て、てかなんで船既に飛んでんの……!?あれ!?神兵も侍女も誰も居なくない!?』
「悪いがこのまま降ろさせて貰うぜ。ナミさん、ダイヤルは平気かい?」
「え、えぇ!」
「顔が!顔がやべぇことになってるけど本当にこのお方は誰なんだよ!!」
『ごめんな、エネル若干ブラコンなんだよな……!嫌われてないみたいで嬉しい!!けど、何故か身体に戻れないから止めることも出来ないんだよなァ!!』
「行かせると思うのか?」
「ああ、思うね」
『ああー!俺の身体!!持ち上げないで!!盾にしないで!!エアエアだから盾には向かないと思うよ!!』
「…………」
膠着状態に陥ったエネルとサンジくん。俺の身体を軽々と持ち上げ、自分達の身体の前に来るよう抱えているサンジくんに何を思ったのか、エネルはぐぐっと眉間に皺を寄せた。
「お前、ゲイアに何をした。その男は馬鹿だが、そこまでされても目覚めぬほど愚昧な男ではないぞ」
『何で一回罵倒挟んだの?』
「俺ァ何もしてねェよ。眠り姫よろしく寝こけてたから連れて来ただけさ。お前の方こそ、ちゃんと飯食わせてやってんのか?”神様”ともあろうものが、人間一人満足に食わせてやれねェなんてな」
『あ、いやご飯は食べてんだわ!俺が抜けちゃってるからなんだよねそれ!多分!』
「……軽い?身体が?…………ゲイア、まさか、お前、わざと青海人に」
『違うよォォォォ!?』
まずい。とんでもない誤解がエネルの中に生まれている気がする。俺はどうにかその誤解を解こうと自分の身体の前で右往左往するのだが、努力空しく、俺の身体を抱えたサンジくんたち三人は空飛ぶ船を脱出することを優先させた。
ああああ俺の身体!エネル!ああああどうしてこうなった!!どうしてこうなった!!
くそっ最後の抵抗だ!!
俺は船から飛び降りる寸前、エネルの耳元の空気を揺らした。
もうっ、俺も何とか身体に戻れるよう努力するから、エネルも変な考えするのやめろよな!……一番最初にエネルに嫌われた、なんて考えた俺が言うのもなんだけどさ!