▼2025/01/05:異邦の言葉、発するは己が為
あけましておめでとうございます。ご挨拶遅れて申し訳ございません。2025年もよろしくお願いいたします。紅白歌合戦の米津さんの歌唱、とても良かった。相変わらず二次元に達しているレベルのスタイルの良さを遺憾なく発揮した身のこなしに、歌声もダンスも横ピースも堪らなかったので、生中継ではないのなんて気にしない様にしようと思った。多分徳島の実家に帰って皆で観ているか、東京で紅白に出演していないご友人らとはしゃいでいるかの何方かな気がするし。米津さんって交友関係が広いのかは分からないけど、ロッキンオンジャパンに掲載されるタイプの音楽系アーティストさん達とは大体仲がいいイメージなので。
何だかんだとお正月休みは今日で終わりだけど、あっという間と言うべきか結構長かったと言うべきか。前職が長いお休みの取れないタイプの職種だったので、久しぶりにゆっくりまったりしたお正月だったと思える。奇跡の九連休とは言うけれど、その間普通にお仕事のある人が身近に沢山いるので、この時ばかりは給料を倍以上増額にしてあげて欲しいと願うことしきりだ。医療系とか介護系とか、交通系もそうだし郵便局の人もだし飲食なんて稼ぎ時だから余計にシフトが入りそうだし、ライフラインを保つ人とか報道関係とか、コンビニエンスストアもドラッグストアも、元旦から営業のスーパーマーケットもあるし。皆様お疲れ様です。ありがとうございます。
さて、私は今回の休みを創作とお買い物、そしてインプットの期間に当てる事にした。小説はまだ書いていないがイラストは描いたしうちの子のお洋服や小物も作ったし、ロリータファッションのお洋服や小物を買いに出かけた。ふわっふわのレースとチュールのパニエはかなりの大ボリュームの物を買ったし、ピンクのリボンと真っ白なトーションレースが可愛らしいヘッドドレスや苺が刺繍されたエプロン(タブリエかピナフォーと言うべきか)、黒いレースの靴下、フリルがたっぷりあしらわれた晴雨兼用の傘に、王冠の形のペンダント等々。コスメも何点か購入及び予約している。axes femme kawaiiと言うメゾンのローズストライプ柄のワンピースに購入したばかりのパニエを合わせて試着室を出た時、お店のスタッフさんだけでなくお客さん達も皆で『可愛い』『似合う』と口々に褒めてくれた。同年代の方だけでなくご年配のお姉様も。後ろの方でダンディな白髪のおじ様が『良いね』とばかりに何度も頷いていたのが嬉しいし、驚きでもある。
何となく、ロリータやゴス、パンク系のお洋服を纏う人達は見た目に相反するかのようにフレンドリーで優しい人が多い。お店で躊躇なく此方を褒めてくれるので私も褒めるようにしている。良い言葉を口にする事は自分を美しく見せる術の一つなので。晴雨兼用の傘の外側はアイボリー色で、内側は色々な動物たちが描かれたメリーゴーラウンド柄だ。フリルとリボンがたっぷりで、雨が降っていなくとも差したい(そもそも日傘でもあるので差して良い)素敵なデザインだ。明日就労移行支援に向かう時に差して行きたい。まあ、ぶっちゃけオフィスカジュアルを想定した施設にそれはどうなんだろうと言う気はするが…
そんな楽しい初売りセール行脚の最中、お昼休憩でアジアンカフェに向かった。そこそこ美味しくて量もあり、お手頃なお店だ。
去年の終わりが見えてきた頃から突如英語圏で画かれた作品を読みたいがあまりに英語を勉強し始め、遂に作品を購入して読み進めている。紙の本で手に入らなかったのが残念ではあるが、kindleデビューして2冊購入。新たな推しとなったデスドリーム君の台詞は一部日本語なのだが、英語圏の作品なので当然ながら『translation』との文字と共に英語で書かれている(それでも比較的易しめの表現ではあった)。それでも前情報があった為か、物語の展開も文章も意外とすんなり理解できた。シリーズ物の途中から読み始めてしまったが、この世界にはウィキペディアと言う強い味方がいるので。
話を戻そう。アジアンカフェでルーローハンをいただいていると、隣の席にアジア圏っぽい外国人の親子連れが座った。お母さんと小学生くらいの娘さん。二人でアイスコーヒーを一つずつと、大きな苺のパフェを注文して、注文はすべて英語で行われているのを見ながら内心で(聞き取れるようになったなぁ…)などと思いながら烏龍茶を飲む。彼女等の注文の品が揃い二人でスプーンを持ちパフェを食べ始めたが、娘さんの方が自分のお洋服にアイスとストロベリーソースを零してしまった。お母さんが慌てているのを見て、するっと「Do you need help ? use this.」と口が動いてポケットティッシュを差し出していた。驚くお母さんと私。お母さんは「Thank you !」とティッシュを受け取り娘さんのお洋服を拭いていた。娘さんにも「Thanks」と言われ、私が席を立つ時にもお礼を言われたので微笑み「Have a nice vacation!」とさらっと言えてしまった。手まで降ってしまってまた自分に驚いた。そのまま会計へ向かえば店員さんにもお礼を言われる。
あれ、もしかして私、結構奉仕精神が強い? と店を出て思った。多分あの状況なら英語が喋れなくてもティッシュは差し出すだろう。ただ、うっかり「May I help you?」「Can I help you?」以外の「お困りですか?」のフレーズを手に入れてしまったので使ってみたくなってしまったのだろう、多分。平成初期産まれ特有の言い方をするならば『「これ、進研ゼミで見たやつだ!」現象』である。『此処で使える!』と思ったらつい使ってしまった。そんな感じで今日も英語を勉強した。
思い出した事がある。
私の幼稚園は何故か、毎週二回くらい英語の授業があった。当時としては珍しいであろう外国人(多分アラブ系の人)の先生が英語と日本語を交えて様々な英語のフレーズや簡単な会話、ローマ字などを教えてくれる。自分の名前は当然書けるようになるし、英語で自己紹介したり『これは幾らですか?』とか『今日の天気は何ですか?』くらいは受け答え出来る状態で小学校へ入学した。そして私の世代は小学校の授業では英語が必修ではないのだが、小学三年生で転校した先では英語の授業が毎週4コマはあった。英語の歌に合わせて1月から12月まで言えるようになったり、朝昼夜の挨拶は勿論『What time is it ?』『It's ten o' clock』くらいなら答えられるようになった(綴りが間違っていたら笑ってやってください)。おまけに5、6年生の時の担任の先生が所謂先見の明がある方で『これからはパソコンが使えた方が良い』とがっつりタイピングとローマ字を仕込まれた。なので私達のクラスの文集は総てパソコンで打つと言う特例措置が敷かれたのだ。
もしかして、これらの経験のお陰だったりするのだろうか。元々リーディングとリスニングは結構得意で、前職でも英語を聞き取り理解する事は出来たし、聞き取れなかったら『Sorry, please writing.』とメモ帳に書いてもらえれば読んで理解出来た(ただし、あまり喋れないので身振り手振りと単語で如何にかしていた)。小さい頃からネイティブの英語を聴く機会が多いのが素地になってた的な。……親に感謝すべきか。
大人にならないと分からない事は沢山あるけれど、親の選択次第で子供の世界が広がるのって本当だなぁと最近結構感じる。幼稚園と小学校で英語を話す事への抵抗感が無くなったから、外国へ旅行へ行っても現地の人に躊躇なく話し掛けられる。現地で別の国から来た子と友達になって一緒にケーキを食べたり遊んだりできる。道を訊かれても『分からなければGooglemap開けば案内できるでしょ』と応じられる。職場で『このタオルは何回洗って干しても柔らかいままなのか?』と訊かれていると分かる。職場で急遽安全点検が必要になった際も外国のお客様へ案内できた。総てのパターンで正解を導けてはいないけれど、挑戦することへの躊躇は無い。
何事も、やってみなければ分からない。この姿勢、以前は斜に構えて見がちなそれだったのに、今では『やってみたら案外できたわ』となる事の方が多いのでどんどん挑戦するようになった。
勿論、失敗することもあるし挑戦自体が時期尚早な時もあるけれど、やらずに後悔するよりやって後悔した方が引き摺らないとも気付いた。それでも先入観の所為で挑戦していない物は沢山あるので、ちょっとずつその先入観や苦手意識を減らしていって、やってみたい事はやってみようと考えられるようになった。人間、興味の幅は広い方が人生が面白いと個人的に思う(異論は認める)。なので今日もうちの子のお洋服の材料を買いにお出かけした。既にコートとバッグは完成したので、トップスとスカートを作る予定だ。お揃いのお洋服を着て大好きな米津さんのライブへ行けるとか楽しみしかない。週末には生地屋さんに出掛けよう。春が来る前に春のお洋服も作ってあげたいし、その前にぷにズのおめかし用のタイとかバンドも作りたい。
作りたいと思えるものを作れる(ある程度形にできる)とか楽しみたい物を存分に楽しめる事は多分当たり前じゃないので、才能と技術とそれを磨く時間をくれた人達に感謝しよう。
今年もきっと、良い年になるよ。素直に思えるなら、きっと大丈夫。