memo

▼2025/08/06:天候が左右する動き、心だってそう。

楽しい事や時間が終わって、ふっと考えが途切れた刹那に奇妙な感覚に戸惑う事がある。
虚しいような何か心がすかすかとして風が吹き抜けるような感じ。何度も繰り返しているのにいつまで経っても慣れないこの感覚を端的に言葉で表す事は出来るだろうか。楽しかった記憶も楽しんでいた記憶もあるのに、その余韻が消えた時私は消えたくなることがあるのだ。昔の癖が今でも抜けていないのか、消えてしまおうかと思ってしまう。そしてその感覚は日常に戻ってすぐ消えるし、何なら本当に消えたいわけじゃなくて、少し疲れているだけだ。詰まらない(とその時には感じているかもしれない)日常へ戻る道には、必ずと言っていいほど憂鬱と形容すべき感覚の種がばらまかれている。
今が本当に幸せなのは間違いないのに、悪癖が抜けない。ふとした時、と思ったが、若しかしたらこれは私が『私』に戻った瞬間なのかもしれない。此処にも繰り返し書いている『自分をもう一人の自分が演じていて、内側から眺めているような感覚』つまりは『離人感』と言うやつが解かれた瞬間。でも最近自己分析していて思ったのだけど、私は常に世界に対して自分を人質にしているんだろうな。
これまで傷つけられ過ぎた所為で何でも疑ってかかるような癖もあるし、周囲がすべて敵に思える錯覚に陥ることも少なくない。一種の被害妄想だと分かってはいるのだけれど。消えたいと思う事が自分の心をほんの一時軽くしてくれるのだ。まだ自分には『自ら消える』と言う切り札があるんだって。
昔有害図書指定された『消え方の本』があったけれど、いつでも消える事が出来る事がその人物が生きる事を助けれくれるケースがままあるんだと思う。
話がそれた。今の私に不安要素は幾らでもあるけれど、考え込んだって何かが変わるのかと言われると素直に頷けないし、思いもよらない事が起きるのが世界の常だから明日のこの時間私はきっと別の事を考えている。いつもいつまでも、消えようと思う事からは逃れられない。一度ならず二度も三度も実行してしまった罰なんだろうか。でもさ、じゃあそもそもの罪って何だろう。産まれてきたことそのものが罪だと言うならその他の人達はどうするのって話。
昔、好きなアニメのエンディングで『生まれて来たいから生まれてきただけ』と言うフレーズがあったんだけど、こう言い切れるまでにこの歌詞を書いた人はどんな道を歩んで来たんだろう。
或る偉人が『言葉には気をつけなさい、それは貴方の思考になるから』みたいな言葉を言ったらしいと本で読んだ。言葉には力があって、繰り返し唱えればそれは自分にどんどん染み込んで染みついて離れなくなる。或る偉人は日本人じゃないけど、言霊って言う事も言いたかったんだろうな。それと自己暗示の恐ろしさも。
汚い言葉を吐けば、どんなに美しい人でも嫌な印象になるし、逆も同じ事。私達は目に見える容姿と目に見えないのに確実に作用する言葉で自分を表現していると考えているから、私はなるべく綺麗な言葉や好ましい言葉を使うようにしている。でもだからって私自身が素晴らしい人物かと訊かれたら、首は横に振ると思う。好きだよ? 私は私自身を可愛くて仕方のない存在だと思ってる。でもそれとこれとは別の話って言うかね。
心の中で繰り返した言葉は未だに私を縛ってるんだろう。それが解かれる日は来ないかもしれない。ただ、未来に希望が無いとは思わない。今少し我慢してじっとしていれば好転する可能性が高いって知ってる。今が正念場なんだよ。
将来本当に得たい物を得るために、今を我慢するとか心を抑える術が欲しい。それも確かだけど、きっと自分にしか出来ない事なんだよね。もう肩代わりしてもらえる歳じゃない。心を充たす為に物を増やしたって虚しいだけだ。本当に欲しい物だけ手に入れるって実は難しいのかもしれない。

一時の分かり易い快楽と、割りと長期的に続く地味な幸せ。

どっちを選ぶも自分次第なんだろうけど、私は後者を選べるようになりたい。自分の人生の舵取りに関わるから。私は私が思うように生きる為に、自分を抑えて待つ事を覚えないといけないんだ。目先の利益よりも長く続く人生の方が大切、な筈なんだよ。
与えられない事を嘆くより、これまでに得られたものを見つめ直したい。見つめて数えて、きちんと味わい尽くしたい。思えば駆け足の日々だった、これまで。
どれくらい取りこぼしてしまっただろう。本当ならもっと違った見方が出来たんじゃないかと思えた時には機会が過ぎてるって、人生のバグだよね。心が揺れてしまうくらいなら、見ない方がいいのかもしれない。反省は一度でいいんだ。それ以上は自傷行為でしょ。そして、君子危うきに近寄らず。苦しくなると分かっているなら、初めから見ずに居た方が何倍も楽だ。そうやって動かずにいる事を罪のように感じていたこれまででもある。

何も生み出さない時間や、何も味付けていない日々。そのままの状態で一回味わってみようか。

←前へ | 次へ→