▼2025/08/30:長月が鎌を擡げる、刈り取られないように逃げないと。
学生時代、夏休みが今月末まである事は一度もなかったように記憶している。毎年今頃は学期初めの憂鬱さと定期テストへの準備の焦燥感で忙しかったような。環境が変わるとか、変える為の準備とかで心がざわつくのは幼い頃の話。だけど、未だに覚えてる。小学六年生の夏、私は本気で消えたくて仕方なくてでも出来なくて、如何にか思いを両親に汲み取って貰えた。担任の先生が本当に良い方で全面的に協力してくれて、何とか生き延びさせてくれた。彼女が今何をしてらっしゃるのかももう分からないんだけど(恐らく定年退職済みだ)、あの人が居なかったら本当に辛い人生だったと思うし、若しかしたらもう終わらせていたかもしれない。
仮定形を考えても仕様の無い事なのは知ってる。幸運にも助かったんだから何も言わない方がいいって事も。でも、その後の人生で少なからずあの頃のトラウマが足を引っ張り続けたのは確かだから。九月一日って、子供が自分で消える事が多いらしい。永遠の夏休みなんて言葉だけなら一見ロマンチックなんだけれど、現実では八月の終わりで彼等彼女等が終わるって事だよ。
SNSでさ、ハッシュタグ『何か見た』ってポストをたまに見かける。だから私も書いてみようかと思った。子供の悩みや思いに両親を含む周囲が寄り添えなくて、寄り添えきれなくて失うって結構よくある(あっちゃいけないんだけどね)展開を見聞きするとフィクションでも心が苦しくなる。本当なら守られなくちゃいけないの。泣きながら震えてそれでも訴えた思いを汲み取ってくれないからこの世を捨ててしまうなんて、文学の上でもないと許しちゃいけないんだ、彼等彼女等の周囲を責めるのはお門違いって言うなら、じゃあ貴方達は何を守るべきなのか知らないんでしょうか、と問いたくなるくらいに。
別に、子供の意思を総てに於いて最優先しろとは言わない。でも間違えちゃいけない物ってあるでしょう。間違えたら貴方達が心を籠めて守って来た存在が、自分の意思でなくなるかもしれないんだよ。守りたいって、幸せに生きて欲しいって願っていた筈でしょう。
何熱くなってるんだと思う方もいらっしゃるかもしれないこの言葉達は、或る投稿を見たから書いている。子供の意思を最優先できない状況でもないと私は感じたんだよね。個人的にだけど。親として子を思う気持ちから彼の選択を疑問に思うのは分かる。努力を重ねて必死で掴んだ道だもんね、頑張ってきた彼の背中を見てきたよね、だけどさ、彼の表情をきちんと見た事はあったのかな?
「辛いのは分かるけど」
ってよく言うし聞くけれど、誰かの辛さとか苦しい気持ちは、想像できても完全には理解しきれないんだよ。理解できないから想像して推測して、導く側なら導くべきなのであって、決して強制しちゃいけない場合だって多い。考えてみて、もしも貴方が本当に辛いと感じる状況に居るのに、年単位で我慢しろと言われたとして。悪意ある誰かや何かに心を毎日毎日削られて、弱音を吐いても受け止めて貰えない、助けを呼ぶ声も出せなくなったら、何を選ぶ? 怨むだけならまだ良いよ。怨む事も出来ないくらい優しい人だったら、もっと怖い事になる。
例えば実験でも完全に絶望し切ってしまうとね、無抵抗に理不尽を受け容れて助けも求めずに沈んでいくんだよね。学習的無力感ってやつだったかな。溺れても助けとして差し出された浮き輪を掴もうともしないの。誰も助けてくれないって学んでしまったから、初めから期待しない。ただ静かに沈んでいく。そんな風になった彼等彼女等を見て誰が喜ぶの?
心ってね、壊れた時に『何時治ったか』が酷く判り難いんだよね。私は一回壊れちゃった瞬間があって、本当に危なかった。此処に来てくれた人は大体知ってると思うし本当に読んでほしい人が此処を読んでいるかも分からないんだけど、それでも書いておきたかった。
貴方が言う『辛いのは分かるけど』って何処まで彼の気持ちを想像して出たものですか? 彼の将来を思う気持ちに余計な物は混ざっていませんか。『せっかく頑張って来たのに』と思うなら、まずはその頑張りを認めてあげた方がいい。多分今は認めてないよ。『勿体無い』って、良い言葉の筈なのにね。この場合だと彼を追い詰める切っ先になるかもしれない。
『どうして今になって言うの?』と思うなら、貴方が言わせなかったのかもしれないとは考えないの?『リスクが高過ぎる』と思うなら、それでも彼はその選択を取りたいんだって本気さを感じ取れないの?
子供ってね、生きてる世界がどうしたって大人よりも狭いもの。家を出れば学校だけが総てって事も少なくない。その狭い世界で息苦しさを覚えるのはよくある話。でもじゃあ、本当に呼吸すら出来ないくらい追い詰められていたとして、最後に助けを求めたのが貴方だったとしたら。貴方だけはきっと自分の思いを汲み取ってくれると思い込んでいたとしたら。それに『我慢』を強いられたとしたら。私だったら心を殺すかもしれない。そして、誰にも助けを求められずに壊れたまま生きていくの。生きていけないかもしれないって思うのは多分、一回壊れたからなんだけどね。
此処で現実的な話をしようか。
自分で消えたいと実行しら結果、消えられない事はよくある。医療技術の発達した昨今、助かる確率は格段に上がった。発見されて直ぐなら搬送先さえ見つかれば結構な確率で戻って来られる。でも仮に心が壊れたままだと、搬送先での日々は地獄みたいな始まり方をすると思う。此処でまた私の話だけど、目覚めたら病室のベッドに拘束されたなんてよくある話みたいだよ。意識が戻ればまだ良いよ。脳機能障害で永遠に意識不明重体のままなんてのも珍しくないと思う。譫妄と錯乱で暴れるからベッドに拘束されてたみたいんだけどさ、未だに覚えてるの。
自分は消えなきゃいけないんだ、放せって怒鳴ってた。
拘束を解いてもう一回消えようとして更に拘束されるの繰り返し。母と義父には随分と酷い事を言った。きちんと寄り添って一緒に頑張ってくれてたのに。それでも駄目になる事がある。まあ、あの人の件が無かったらこうはなって無いんだけど。後はあれだね、初めの病院が私の訴えを一蹴したってのもある。で、色々あって長期の入院後に高校をドロップアウトだよ。それでもちゃんと転学して進学できたし就職も出来た。
ただ、昔出来ていた事がどうしてもできなくなったり、楽しみたい物が永遠に楽しめなくなったりした。戻って来ない物って結構あるし。もう戻れもしないと思うよ。だって感覚そのものがもう無いんだから。
つまるところ、助かっても戻らない物が確実にあるって事。何もかもが元通りとは行かない可能性の方が高いって事。一生怨まれるよりもつらい現実って意外といっぱいあるよ。何パターンもね。
『怨まれても良い、怨まれてもこれが本人の為だ』って言い切れるならそうしてみてもいいのかもしれない。結局私は外野の人間だから。
でもさ、怨まれもしない可能性を一応は考えた方がいいと思う。人生に必要なもの全部捨ててしまったら、最後残るのは空っぽの器だけ。
人生の中のたった数年と思うなら、彼が今まで生きてきた年数を考えて。貴方の半分もないよね? 割合がおかしくなるでしょ。子供の数年は大人の数年よりも何倍も長いの。何倍も長い数年間、彼の心を削り続けるんですか。震えて泣きながら必死で伸ばされた手を振り払えるんですか。たった数年と思うなら、たった数年を貴方が我慢すれば良い。貴方は大人なんだから。
私ね、未成年を守るのは成人の義務だと思ってるんです。自分が未成年の頃守られてばかりだったから、せめて今の子供達には幸せでいて欲しいんです。恩送りって奴かな、守ってくれない人も傷付けてくる人も幾らかは居たけど、私のお母さんは私を守ろうとしてくれた。
一個訊いても良い? 貴方はどうして彼を産もうと決意したのかな。答えなくていいよ。心の中で思うだけでいい。考えるだけでいい。産まれたきた彼にどうなってほしいと思った? どんな風に生きて欲しいと思った? ただ、生きていてくれればそれで良かったんじゃないのかな。五体満足に産まれてきてくれただけでも嬉しかったんじゃないのかな。その上で彼の思う幸せを生きていてくれればそれで十分な筈なんだよ。
誰かの幸せは、その誰かにしか分からない。辛い事と同じように。自分の人生は自分にしか生きられない。責任を取ってくれる人なんていない。今は大人になったから分かるけど、子供の内はそれを知らないの。なのに自分の意思でそれを選んだんだよ。立派じゃない。
この言葉達が貴方に届くかは分からないし、想像の域を出ない事も述べてると思う。自分語りも含んじゃったね。でも、画面の向こうで彼を案じる大人が居たって事を、誰かに知っておいて欲しかったから書いた。