▼2025/10/20:狭間に居る、何方の岸辺へ上がるべきか
Instagramに載せた鞄について、と言うか、趣味で行なっている手芸全般に言える事なんだけど、私は型紙を創作することがかなり不得意だ。頭の中で『こんなものを作りたい』と思い立ったとして、材料を購入する前に一度近い形の物の作り方をネットで調べるプロセスを踏む。材料の布やレースは大体が量り売りだし、その他の部分も或る程度のサイズは頭に入れておく必要がある。入れておかないと何をどのくらい購入すべきか分からないからだ。作り方が見えて来たら脳内でどんな形の布が必要かなどを考えつつメモを作る。今回の鞄なら表布と裏布、肩にかける為のベルト、キーホルダーをつける部分の紐、飾りのチュールとレースとリボン。イメージを実際に紙に起こす事はほぼしなくて、若しかしたらやった方が良いのかもしれないけどいつもぶっつけ本番で作っている。で、型紙が必要なら書き起こすプロセスがある筈なんだけど、私の場合立体を平面にしてそれを紙に起こすのがとても苦手だ。今回も荷物に入れるだろう物のサイズに合わせて測ってはいるものの、直線縫いばかりだからと型紙を起こす事はせず
フィーリングで製作したというのが正直なところだ。
多分本当は脳内に型紙らしきものがある筈で、でもそれを紙にアウトプットするのが苦手過ぎる。お人形の洋服とかは予め元にしたデザインに幾らか書き足したりして型紙を作れるんだけど、一から創造して型紙に起こすのは難しい。洋服を作る時にスポットライトが当たりやすいのは多分デザイナーが一番に上がると思う、けど、彼等彼女等がデザインした洋服が作れるのはパタンナーと言う型紙に起こす人が居るからだ。平面で描かれたデザイン画を元に立体と平面を行き来しながら実際のシルエットを描いて行ける才能、とても羨ましい。私は空間や図形の認知が得意なのに、それをアウトプットするのは不得意だ。最近そう考えが至ってインテリアコーディネーターの二次試験に不合格だった理由のひとつがなんとなく見えてきた。
脳内に素敵なアイディアがあったとして、それを紙に起こせない場面もあるって事だと思う。私はイメージ自体は得意でも、その他の部分で実力が足りなかった。きちんと勉強していた心算でも足りない部分が補えていなかったんだと思う。線の引き方や色の付け方には自信がある。観察も得意。でも数字とか正確性とかはかなり弱い。三角スケールって言う定規みたいな道具があるんだけどさ、1センチに見える目盛りが1メートルに相当する、みたいな大きな物を小さく描くためのツールなの。私はあれを使いこなせなかった。思えば漫画を描いていた頃も背景がものすごく苦手だった。細かく描き込める同級生に尊敬の念を抱いて仕方ないくらい。結局の所私の画力には足りない部分が多過ぎて、それを補えるほどには情熱が無かったのかもしれない。もっともっと勉強して、見て、描いてを繰り返す事が嫌になったんだろう。でも二年間全力で頑張らないと見えてこなかった事実だから、無駄ではなかったと感じる。得意を伸ばそうとか、好きなもので食べていこうとか、色んな理由で創作者を目指していた人達と知り合えて自分の身の程をいい意味で知れたと思う。
で、最初の話に戻るんだけど、発想はきっと豊かなんだよね。だからアイディアはどんどん湧いて来る。一方で単純作業は大好きだから只管手を動かして縫うプロセスも好き。これらの間に在る『アイディアをラフにでも良いから書き起こす』のが苦手なんだ。まどろっこしくてそれをする前に布を切ったり縫い始めちゃう。これが趣味だからまだいいけど、仕事にしてたら大変だったろうな、とも思う。
元になるものを改良するのは得意なんだけど、0から1にする少し前が苦手なんだろう。絵を描いている時もラフ画を描く事は少ないし、小説でもプロットは練らない。漫画もネームを切るのが苦手だった。多分これらに繋がっている形で、型紙に起こすのが苦手なんだなって最近思った。だから何だという話なんだけど、得意不得意が見えるまでやり続けられる事は長所と言ってもいいのかもしれない。英語もそう。相変わらず発音がカタカナ過ぎて嫌になるけどこれもやってみないと分からない事の一つだったし、勉強し続けてたら苦手だったはずの文法は得意になって来た。最近だと英作文を求められる事があるんだけど、些細なミスなら減点にならないみたいで程良く楽しんで勉強できる。元々得意な暗記を活かして単語をどんどん覚えれば語彙力が付くし、元々知っていた外来語の仲間に見える単語を知ると色んな情報の解像度が上がって面白い。
苦手だと思ってる事でも或る程度やり続ければ得意にはならなくても不得意のままじゃないかもしれないから、明日からは少しだけ型紙を起こす意識を持ってみようかな。大の苦手だった電話応対も自信がついたみたいに出来るようになるかもしれないし、ならないかもしれない。でもやらないと何も分からないままだからやってみる、って言う心理的なフットワークの軽さは保っておきたいなぁと思う出来事が日常に溢れてる。
勿論苦手な事より得意な事を磨き上げるのも良い。私は苦手だからこそ少しだけ触れてみる好奇心みたいなのがあるからこうする、って言う選択をする事を、此処に宣言したかった。