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▼2026/05/13:吉兆、夜は甘くは無いけど割と優しい。

ようやっと、夜食を摂らずに夜を超えられた。
職場は相変わらず前店長のやらかしの所為もあって大変だし、運動も思うように出来ない事もあったけど、それでも夜食を摂らずに眠りに就く事が出来て良かった。このまま二日三日、一週間と夜食を摂らない日を積み上げていきたいと思う。今この日記を書いている現在もお腹が空いていないし、何より我が家にお菓子や夜食に適した食品は存在していない。やっと乗り越えられそうだ。
離人症状自体は変わりなく起こっている。常に自分ではない自分を演じ続けているし、誰かと会話しながら『私ってこんな人物だったっけ?』と疑問に思いながら暮らしている。仕事をしている時は特に顕著だ。
接客業と言う業種なので幾らかはお客様の前に居る自分を作っておく必要はあると思う。でも私の場合、『メンタルの調子が良くない日の方がパフォーマンスが良い』と言う謎な傾向がある。火事場の馬鹿力みたいなものなのか、メンタルが落ちている日の方が人に優しい演技が出来てしまう。この辺り私の発達特性が関わっているような気もする。私は非定型発達で、心の要素に『自由奔放で天真爛漫な子供』と『厳しく自分を律してくる父親』の両方が多く含まれるらしい。どちらかと言えば子供の要素の方が強いんだけど、同時に『そんな風に振る舞う事は許されない』と強く感じる自分が制御している感じだ。そしてASDとADHDの要素も少々あるらしい。思った事をすぐ口にしてしまうし、相手の気持ちを慮れない事が多い。最近だと寸前で留まって所謂『大人の対応』を出来るようにもなったが、普通の人(定型発達の人)よりも用心深く行動しないと予期せぬ危機に陥る可能性が高い。
だから調子の良い時(心も体も元気だと感じる時)はうっかり発言が多いし、多弁だ。
逆に調子が悪い時(気分が落ちているか身体が不調の時)は他人の言動の意味を敏感に受け取ってしまって、察することが普段よりは容易になるのかもしれない。元々人から嫌われる事が何よりも嫌いな自覚が有る。八方美人と思われそうな行動を取りたくなることも多い。他の人に怒りや負の感情をぶつける事が怖いし、そのくせ自己開示は過剰にしてしまう。社会人になって暫くした頃に自分の発達特性について知ったけれど、『人を疑う事を知らない(手段として持てない)子供っぽさ』は『冗談が通じない、何でも真に受ける』事に多分繋がっているし『ルールを守らない人に怒り(もしくは狡い!と言う羨望混じりの嫉妬)を覚えてしまう』のは『教えられたルール通りじゃないと安心できない発達特性(恐らくはASD傾向)』に繋がっていると感じる。
自分と他者の境界が甘くてゆるゆるだから簡単に他者に起きた出来事を自分のように感じてしまう。故に疲れやすくもなるのだが、そのおかげで他者に寄り添うべき場面にも気づける。それを活かした行動が出来るようになったのも本当に最近の話で、やっぱり定型発達の人よりも幼い自覚が有る。
『自分を客観視するのが上手』だと褒められる経験は多い。けれどもそれは『大人になるのが速い』のとは違って、やっぱり自分の外側に私が居る所為なのだ。
それでもこの特性を活かす場面は最近少し増えた。主に鬱転した時、『今これだけつらい気持ちだけれど、コーヒーや好きなものを摂取して、ごろごろのんびりして数時間もすれば治まる』と目算できるし、『今私が嫌な気持ちになったのは何故だ?』と深堀りする事を助けてくれる。以前読んだ本の中でも『この気持ちはいずれ落ち着く。例えば火にかけて鍋の中で煮込んでいるジャムは、今は熱々だったとしても焜炉から下ろせば必ず冷めて美味しく食べられるみたいに』みたいな表現があった。『この気持ちが落ち着く時は必ず来る。それまで呼吸を落ち着けて目の前のことだけ片付けてしまえば及第点』だと自分に言い聞かせるのが習慣になった。今この瞬間どんなに辛くて苦しくても、永遠に続くわけではないと実感できたのかもしれない。現に、私の場合は自分の考えを書き出し、自分で読み返したり誰かに読んでもらう事で落ち着かせて整理して、もしくは『疲れてる所為だ』と思い切り、お風呂に入ってから眠剤を規定量飲んでさっさと眠る事で一旦リセットできる。睡眠は本当に大切だし、偉大だ。
身体が疲れている時は、大抵心も疲れている時だ。そんな時甘い物を欲しがるのは悪い事じゃない。でも程度問題と言うものもある。本当に自分を大切にするなら、健康的な栄養バランスの良い食事をとって、お風呂に入ってさっさと眠ってしまった方が良い。
たまに自分を甘やかすのも選択肢に入れてはいる。ただ、明日の自分が笑顔になりやすい方が良いんじゃないかって言うお話。


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