memo

▼2026/06/30:清めて彩る、着飾るのも大好き。

今年も半分が終わるね。早すぎる気がするけど、地球の自転は24時間弱で変わりないから不思議。
この前三十四歳になったのは書いたかな。誕生日だったのは書いたと思う。遂にミドルサーティになってしまって、でも『しまって』ではなく今日も一日生き抜いたというのを何年も繰り返してきた結果なんだ。
最近、というよりも結構前から実年齢より若く見られる事が増えた。中学生くらいだと逆に老け顔に見られてて、高校を卒業して専門学校時代は年相応って言われていた。でも社会人を何年か経験したら急に若く見られるようになってこれも不思議だ。見た目は若いのに、纏う雰囲気や話し方は大人だからアンバランスな所があるねと評価される事も多い。
それでもつい先日、自分の老いみたいなものを感じる機会があった。私は小さい頃日焼け止めを塗るのがあまり好きじゃなくて、中学生くらいまでは何もケアせずに過ごしてしまったんだよね。高校時代にメイクするようになってからも夏場以外は日焼け止めの存在は忘れていたくらいだった。
専門学校入学くらいから本格的にメイクやスキンケアを始めて、社会人になる頃にはメイクも上達はした。でも蓄積された日焼けによるダメージを最近実感してる。顔の皮膚に小さなシミが沢山あるの。これはかなりのコンプレックスで、正直昔の自分に『将来の為に日焼け対策をしろ!』と怒鳴りに行きたいくらい。それでもメイク技術のお陰で其処まで目立たない状態には出来る。ただ最近気づいたんだ。

年齢を重ねると濃いメイクが似合わなくなることもあるんだって。若い頃みたいな肌に仕上がったと思ってもそれはまやかしでしか無くて、不自然さが幾らか漂うの。

この前休日に試してみた事がある。目元のメイクを限りなく軽くして、ベースメイクも行程を一つ省いてみた。具体的に言うとアイシャドウはハイライトになるものをさっと塗って艶を足すだけ、後はアイラインとマスカラのみ。ベースメイクはいつもならシェーディングをがっつり入れるのを一切入れなかった。ハイライトも控えめにした。メイクが終わった時、普段よりも若返った自分が鏡に映ってる。ロングヘアを下ろしているからだけじゃなく、若返って何処か幼さまで感じる自分が其処に居た。

美容界隈ではよく『抜け感』という言葉を聞く。私はアイメイクこそが一番楽しいメイク工程で、絶対外せないのが毎日変えるアイシャドウなんだ。でもふと思い付きでそれを殆どやめてみたら、印象のきつくない可愛らしい女性の見た目が手に入って驚いてる。

もしかして、メイクの研究はしてきても流行の研究はしてこなかったのかもしれない。或る種のルーティンでメイクをしていた感は否めなくて、いつも通りを『ほんの少し』辞めてみただけ。それだけで印象が此処まで変わるなんて思わなかった。

年齢を重ねても新しい発見があって、より素敵な自分になる一歩が歩みだせた気がして嬉しかった。そして『年齢はただの数字』みたいな印象を持つようになった。勿論年少の人みたいにはなれないんだけど、年齢を言い訳みたいに使いたくないなって思うようになったんだよね。「もうこの歳でそれはない」と思ったとしても、やってみたら案外面白いのかもしれない。
そう考えると、挑戦を続けていると人生ってこんなに面白い瞬間があるんだなって思えて、心が温まったような気がする。この所仕事が凄く忙しくて、メイク時間も時短したいと思ってやってみた面もあるから。
理由や切っ掛けはどうあれ新しい自分を見つけるのって楽しいね。次は何を変えてみようかワクワクしてるよ。最近新しい筋トレも始めたから、身体がどんな風に変わるのかも楽しみ。

もしかしたら数か月後には全然違う私になってるのかも。それも楽しみだなと思ってる。


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