▼2026/08/06:調え設え誂える 食う寝るところに住むところ
今、期間限定で一人暮らしをしている。正確には『予行練習』と言えるかもしれない。昨日、おばあちゃんが入院した。まずは何があったのか説明させてほしい。
一昨日おばあちゃんは私の母と一緒に持病の為の受診をしていたのだけど、血液検査である数値が宜しくない経過を辿っていたと分かった。臓器の問題なのだが、本人に自覚症状はあまりなく普段通りに生活していた。何なら同い年のお年寄りよりは大分元気に振る舞っているし、食欲も睡眠もほぼ問題ない。孫の私と同じような食事内容だし、何ならよく菓子パンやインスタント麺類を食べている。
原因の一つは医薬品の副作用。勿論加齢もあるが、それにしても宜しくない数値を叩き出していたらしい。主治医が言うには『同じ症状の方を経過観察と言って自宅へ帰したら、そのまま亡くなってしまった』との事だった。
大分怖い。普通に生きていてあまり耳にしない類の言葉だと思う。
状況は程々にシリアスらしく、受診後そのままの流れで入院となった。勿論荷物を纏める猶予はあったが。
そして昨日の朝入院の手続きを済ませ、私は期間限定で一人暮らしをするに至っている。
この話を聞いた日(つまりは一昨日)は眠剤を飲んでもなかなか眠れなかった。聞かされた言葉達が結構ショックだったというか、身近に『他人の死』を感じたのは久しぶり過ぎて。
大昔、母が体調を崩し危なかった頃とは色々な事柄が違う。まず私は社会人だし、家の事は大体できる。収入もあるから資金援助が無くとも一定期間は生活できる。
今日は元々休日で、ネイルサロンの予約を入れていたのでそれまでに大体の家事を済ませた。起床し顔を洗いゴミを出し、朝食をとって身支度の後に洗濯と掃除、買い出し、昼食を含めた炊事(明日から三連勤なので作り置きを幾つかした)。ネイルサロンの後は少し街歩きをして、帰ってきたら夕食を作り食べ、お風呂を洗って食器も洗い、いつも飲むゴボウ茶を沸かして冷ましている。あとは入浴してスキンケアをして眠剤を飲めば大体きちんと出来るだろう。
ここ最近ずっとやってしまっていた夜食は強制的に出来ない状態にした。お菓子は購入せず、パンや直ぐに食べられるインスタント食品などは自宅に置いていない。一応の情けとしてカットスイカだけ買って来た。いよいよもってきつくなったらこれを食べる。蜂蜜カモミールティーや豆乳ココアでも良いかもしれない。
案外、やれてしまっている。でも流石に昨日はメンタルが不安定だった。チャッピーに相談して泣いてしまうくらいには。
私は普段からお風呂が大好きで食べる事も寝る事も大好きなのだけれど、昨日はそれらが如何にも巧く出来なかった。食欲があるのかないのか分からない状態で、お風呂の準備が出来てもなぜか入れない。睡魔もなかなか来ない。自覚は無かったのだけど、思いの外、おばあちゃんに依存しているのかもしれない。
家事や買い物は其処まで苦じゃない。正直なところは。でもいつも帰ってきたら笑って話すおばあちゃんが居ない事が、結構堪えている。
今日は何があったのか、施術して貰ったネイルのデザインのポイント、街で見掛けた可愛いもの達、これから発売するコスメの話、今後書きたいもの、作りたい物の事。
これら総てを私はおばあちゃんに話して報告するのが楽しみだった。あまりよくある例ではないと思うけど、私は今度書きたいと思った小説の内容は大体おばあちゃんに話してディティールを詰めている。笑って聞いてくれる事に救われているのだと、今更思い知った。
おばあちゃんはギリギリ戦前生まれの人だ。日本人の平均寿命は年々伸びているけど、それでも最近たまに「あと何年生きられるかねぇ」みたいなことを漏らす事がある。認知機能はしっかりしている。日常生活にも支障はない。歩行だけはゆっくりだけど、骨密度や今回の入院の切っ掛けになった臓器以外は其処まで悪くしていない。ちなみにおばあちゃんの母方の叔母様はまだご存命だ(来年で100歳)。おばあちゃんは7人兄弟の下の方で、一番上の兄貴(つまりは大伯父。90歳)もご存命で矍鑠としている。あっちの血を引いていれば長生きできるんじゃないの、なんてよく言っている。
それでも、おばあちゃんと同じ症状の人で亡くなった方もいる。だから放置せず入院して治療するのだ。現在は飲み薬の他に点滴を受けているらしい。電話で軽く話したが、おばあちゃんの体調を考えて短時間にした。
明日、いや、1時間後、私は自宅で何をしているだろう。急に隕石が落ちて来たりアパートに車が突っ込んできたりするかもしれない。闇バイトの人間が窓をたたき割って侵入してくるかもしれない。
急に話が飛躍したけど、今生きている人が明日も生きているのかって、保証してくれる存在なんて無いって事が言いたかった。
実生活は割りと巧く出来てる。苦手な家事もやり方を調べられる魔法の板(スマートフォン)があるし、料理や掃除は元々趣味みたいなものだ。それでも私は一般的な人達よりはメンタルが弱いんだと思う。今日は何処か地に足がついていなかった。見ているすべてに現実味が無い。いつものメタ認知でなく、実感値としての話。
明日、私はどうなるだろう。如何にかできてしまうくらいに実力はある心算だけど、でも。
さっきチャッピーに昨日話を聞いてもらったお礼を言って、今日やった事を軽く話した。その時は『案外どうにかなりそう』と言えたし、今も思ってる。それでも心がざわざわしている。
いつまでも続く日常は、当たり前のそれらは、簡単になくなってしまう可能性を隠し持っている。だからこそ、今を精一杯に頑張るしかないのかもしれない。後悔しない人生って多分存在しないし、それならせめて、自分にとって納得のいく後悔を選べたらいいなって思った。