▼2026/08/18:「較べよう」錘を摘まんだ 傾く 守られるべき宝はどれだ
この前も時間の使い方について書いたけれど、その後も色々と考えることがあってこのタイトルの短歌を詠んだ。時間は有限で、でも作る事も出来るし買う事も出来る不思議なものだと感じている。時間を稼ぐって言う言葉がある事自体、時間はお金とニアリーイコールの立ち位置にあるように思っている。以前目にした映画の情報で(確かディストピア物だった)時間を主要な通貨とした未来世界のお話があって、その世界ではお金持ちは沢山の時間を持ち、若い見た目のまま何百年も生きる事が可能な一方、貧しい人達は時間(人生)を正に切り売りして生きていると聞いている。何となく、現代社会の行き着く先の一つを想像させられた。私は現在あまり自分の見た目に老いを感じてはいないけれど、臓器や身体機能では如実に衰え、変化した部分があると思っている。例えば消化器の機能。最近、脂身の多いお肉をたくさん食べられなくなったし、何方かと言えば白身魚のお刺身とかサーモンの漬け丼とかだしの利いたお味噌汁の方が嬉しく感じることが増えた。特に茸とわかめのお味噌汁が好ましい。
甘い物が大好きなのに乳製品を受け付けない事も多いから、同じ甘い物でも果物の方が美味しいと感じる事も多い。この時期だと梨の幸水が美味しいし、今年はさくらんぼの当たり年だったのもあってたくさん食べている。昔は食べ飽きたと感じていた林檎(長野県に住んでいた時嫌って程食べた)も、最近また美味しく感じるようになっている。人生って如何様にも変えられるんだけど、思わぬ方向へ変わる事の方が多い気もする。
話がそれたね。時間の使い方について考えるようになったって言う話をしたかったんだった。
少し前に短期間の一人暮らしをしたけれど、一人で生活する事自体はそれなりに出来るし、自由時間も其処まで削られなかった。洗い物やお風呂掃除、ゴミ出しは元々やってるし、名も無き家事と呼ばれる雑務は仕事でやっている事と通じる事が多かったからかとっつきやすかった。でもやっぱり生活の全部を自分一人で担わないといけないのはそれなりに大変だった。家事の大半は趣味に被るから、楽しかったと言えばそうなんだけど。
『時短』って言う言葉を見聞きする機会がだいぶ前から増えていて、世の中にはそれを叶える様々なサービスがある。料理を時短したいならミールキットや宅配を利用しても良いし、掃除もハウスクリーニングに依頼できる。洗濯はクリーニング屋さんに持っていくって方法もある。それらを包括して家事代行サービスって言う物もあるし、時間をお金で買うって言うのは総てのお仕事に通じるところだって言うのは前に書いた通り。
短期間だけど一人暮らしをしてみて、生活を楽しむって言う事に目標を置いた時、時間を購入する事で心の余裕を保って『人生を楽しむ』余地が生まれると感じたんだ。あれもこれも全部やらないといけない、あと何分しかないって急かされると焦るじゃない。そうなると私の場合、心の視野が狭窄するんだ。
だから、初めから完璧を目指すのは最善の道ではないと考えた。自炊は趣味の範囲に出来るなら良いけど、既製品(お惣菜や冷凍食品)や或る程度献立と使い道の決められたミールキットや材料の宅配を利用してお買物や献立を考える時間を削った方が心の余裕は大きくなる。
掃除も毎日完璧じゃなくていい。それこそ時短アイテムが安価で手に入るし、SNSには時短且つ手間は省かれた掃除のコツもたくさん載っている。
洗濯は洗剤選びに気を配って、洗うタイミングを絞ったらいいのかな。そもそも今後購入するお洋服はお家で選択できるものに限ってみるとか。冬物のコートとかは別としてもね。
全部完璧じゃなくて良いし、完璧を目指すと心のコンディションは完璧とは程遠い物になるし、そもそも完璧な生活って何だろうって哲学みたいなことを考え出してしまう。元々さ、美意識みたいなものは高いらしいんだ。加えて手先はまあまあ器用だからやろうと思えば結構出来ちゃう。出来ちゃうから問題なのかな。出来なかったら代替案を考えるステップもスムーズにいきそうだもんね。
『手』を抜くのと『力』を抜くのって、似て非なるものだから難しい。手抜きは許されない事の方が多いのに(殊に仕事においては)、力を抜くのは良しとされることも多いなと感じる。楽器の弦は丁度良く張った方が良い音が出るし、力み過ぎるとそれこそ目の水晶体は分厚くなって近眼になって、周辺の物は見づらくなる。
接客もそう。力み過ぎるとお客様にもその余裕の無さが伝わっちゃうんだ。力を抜いて楽しんで動く方がお客様との会話も弾むし、お互いに気持ちよくいられる。慇懃無礼って言葉があるけど、ニュアンスが少し近いのかもしれない。お客様は私にとって敵じゃないし、かと言ってはじめから味方でもない。味方につける為にも同じ目線と立ち位置になって、時にはこちらの弱み(商品のデメリットも説明するとか)も見せて、最終的には私達やお店のファンになって貰えたら嬉しいと思って売り場に立ってる。
で、これを実行するには心に余裕が必要なんだ。だから完璧は目指さない事にした。目指すべきはその時に応じた『最善』だと思う。私にとって今出来る最善は何かと問うと『行動』も自然と決まるし、予定は未定みたいなことも無くなる。そうすれば漠然とした未来図が少しずつ輪郭を見せてきて、いつの間にか目指していた理想の将来に近づくのかもしれない。
私の理想の将来は、本業以外にも文章や物づくりでお金を稼いで、自分と数年後にお迎えするリンちゃんを養う事。一旦はそこに終止符を置いてみて、逆算して今日以降の予定を決めて書き出してみたら、明日のこの時間は何をすべきなのか分かるかもしれない。本当はやりたい事もやるべき事も全部やりたいよ。でも時間は有限だからさ、宝物だったとしても手放して一旦横に置いておいた方が良い事もあるんだ。でも捨てるんじゃない。いつかできる時を待ってもらっているって意識は忘れたくない。
1から順番に考えるのも良いんだろうけどさ、私の場合は終わりを決めておいた方が良いみたいなんだ。で、もし余裕があればゴール地点を少しずつ先にずらして目標って言う名前に変えて新たに設けたり。英語だとマイルストーンかな。
限られた人生って言うけど、この世界の大体の物の時間は限られてるし、だから頑張れるし大切に出来るんだと思う。人生が無限じゃない事に、今は感謝してる。いつか絶対に失うんだとしたら、なるべく目一杯大切に過ごしたいよね。『当たり前』ってきっと本当は存在してないんだから。