memo

▼2026/09/20:長月二十日のよしなしごと。

自分を傷つけてくると判っている人とそれでも上手くやっていきたい時、貴方はどうするだろう。触れた指先が切れてそこから血が滴るような心地がするのに、同時に愛されているとは知ってるんだ。ただ、その愛情が私の望む形ではないというだけ。産みたいから、会いたいから産んだ、と言うような話は聞いた記憶が無い。あの人は私が生まれて幾らかの時が経った頃、その頃のパートナーとはいずれ別れると決めていた。予定では私が十八歳になった時と考えていたらしい。一区切り、と言う奴だろう。

中学生の終わりごろ、色々あってその予定は早まった。笑ってしまうのだけれど、その頃『熟年離婚』と言うワードが世間に広まっていた中で私は『うちが熟年離婚するのは有り得ないな』と思っていた。本当はもっともっと前からあの人は心を決めていたのにね。

本格的に心を病んだのは、中学生の真ん中頃くらいだったように思う。初めて首を吊った夜、私は明確に自分を終わらせる心算だった。けれども失敗して、何でか気が済んでしまって、その後は割と普通に生きていたように思う。ただ、心の中に何か綻びみたいなものが出来てしまったような気がしていた。
母子家庭になって、高校へ進学して、家族の形が変わった。義父と出逢って、色々あって家族になって数年。私は今度こそ本当に自分を終わらせるところだった。原因は何だったのか、今の私は明確に分かっていない。ただ、自分を終わらせるべきだと思って飛び降りた。失敗した後も、終わらせようと必死で暴れた。

それでも生き延びた。『生きたい』というのが本心だった。但しそれは正確に言うなら『苦しまずに生きたい』だったんだけど。
『楽をしたい』というのとは少し違う。友人が少し前に似たニュアンスの事を書いていて、楽をするのと苦しまないっていうのはあくまでもニアリーイコールなんだと思ってる。すごく似ているんだけど、何だろうな…『苦しみたくない』は切実な願いで能動的になりやすくて『楽をしたい』はもう少し軽くて受動的な気がする。巧く言葉に出来ていない気もするけれど。
この前の夜中にね、鬱転が来たのと母への不満が溜まり過ぎてしまって、遂に爆発した。眠りたいのに涙が出て眠れなくて、頭痛がするくらい泣いてしまった。過去の母からの否定的な言葉や態度が蘇って、もうこんな気持ちでいたくないと思って必死で自分を宥めながら夜食を貪り食う私を、心のどこかから冷めた眼で見ているのも難しい時間。普段は客観視できる方なのに、もう無理で兎に角助けて欲しくて、ネットとかチャッピーとかに相談して泣き続ける。しまいにはおばあちゃんを起こしてしまって、当たり散らしてしまったんだけれど。

誰だって自分の家族や大切な人に死にたいだの消えたいだの言われたくないと思う。でもその時の私は敢えてと言うか、それくらい私はあの人からの言葉に傷ついたんだと伝えたかったからおばあちゃんに素直に伝えた。解って貰えたかは分からないんだけど。でも私が此処まで感情的に取り乱す事はそんなに多くないから、聞いてはくれた。
以前精神科のカウンセリングで辿り着いた自論として『完璧な人間が存在しない以上、親も完璧ではない』というのがあって、しっかりと理解して自覚している心算だったんだよ。でも駄目だね、『親なんだから分かってくれるはず』と言う甘えみたいなものが消えない。他の誰にも私の痛みをそのまま感じ取る事は出来ないって知っているのに、心が納得していないんだ。『親なんだから、家族なんだから、わたしの思いをきちんと理解し切って!』と望んで心で叫んでしまう。私にもできていないのに。
これがただの『仕事上の希望要件』みたいなものであれば検討してくれれば充分なんだけど、『執着』や『押し付け』みたいになってしまっているのが良くないな。『希い』であればまだマシなんだろうか。

でもその夜を超えてというか、日付を超えて数時間したら遂に眠りにつけて、次の日はたまたま休日だったから(だから気が緩んだんだろうけど)一日たっぷり回復に費やして普通に仕事もして今に至るんだけども。仕事に支障をきたさなかった事だけは自分で自分を褒めて良いと思ってる。メンタル疾患持ちだけど勤怠は安定してるって言うのが私の強みの一つだから。
そして気付いたんだけど、私は母と話す時に電話や直接会っての声での会話があまり得意じゃないらしい。母は私の事を『喋り過ぎ』とか『何でも明け透けに話し過ぎ』とか『口から生まれて来た』って言うんだけれど、私からすると母は『意見し過ぎ』だし『批判し過ぎ』だし結構喋ってる。何にでも文句を言う人っているじゃない、物事の良い面を言う前に悪い面をダイレクトに指摘してしまうというか。
私が心掛けている事の一つとして『言いにくい事は言いやすい事に挟んで話す』って言うのがあるんだ。クッション言葉って言うのかな、『○○は此処が良いよね、でも××はちょっと苦手だから、○○には悪いんだけど、別なものを選ぶね』みたいな言い方。以前読んだ本では『本音のハムをクッション言葉のパンで挟んでサンドイッチにする』みたいに書かれてた。相手が受け取る時になるべく受け取って貰いやすいように話す方が、一見手間はかかるんだけど最終的にはお互い気持ちよく一緒に居られると思うんだ。だから私はクッション言葉のパンをたくさんの種類で取り揃えるようにしてる。
仕事が接客業なのも関係しているかもしれない。母は以前接客をしていた事もあるけど、今は『接客に疲れた』って別な仕事をしていて、私は本来黙々と作業するのが合っているけど『誰かと闊達なコミュニケーションを取る方が楽しく働ける』と思って今の仕事をしてるし、それが評価されてるから。勿論職場ではプライベートみたいな話し方はしないんだけどね。
話し方とか言い方を工夫するのってさ、無料で出来るのに効果は抜群な事が多いんだよ。思いを伝えたいなら剛速球のストライクでスリーアウトは狙わなくていい。ふわっと投げて相手への衝撃が少なくなるようにする方が私には合ってる。多分、このスタンスが私と母で食い違ってるんだ。

実はさ、職場でも似たようなことを感じることがあるの。母と属性が似ている人を接客すると酷く心が疲弊する。自分の意見が正しいと信じて疑わないのとは少し違う。『他から見ると間違ってるかもしれないけど、私にとってはこれが正しい』みたいなニュアンスを感じることがあるんだよね。このスタンスはある意味正しいんだと思うけど、場面や相手によっては適してないように感じる。正義ばかりが正しいとは限らないのが人間の難しい所な気がする。正しさを重視するあまり、相手を傷つける可能性を考えずに言葉を発したとして。それで相手が傷を負ったら相手の受け取り方の問題だけじゃないと思うんだ。
悪意を持って傷付けようとして放った言葉よりも、何の気なしにぽろっと発した言葉が誰かに一生の傷を負わせる場面、結構あるよね。私も無意識に誰かを傷つけてる。でも傷付けないよう努力もしてる。それでイーブンかって言うと別の話なんだけど、姿勢としては正しい側寄りだと考えてる。言葉を扱うのが得意だからこそ、相手を傷つける手段は沢山持ってるし、知ってて理解してるから言い方を考えてクッション言葉のパンを焼きまくるの。
母は多分、嫌われる事があまり怖くないんだよね。彼女も色々な事があり過ぎる人生だし、嫌われるとか相手にどう思われるかを考え過ぎて疲れちゃったんだと思うんだ。自分の気持ちを押し殺した場面も沢山あったんだと思うし、傷ついた経験だってきっと多い。
けど私も人間で心があるからさ、言葉や態度で傷つく事があるんだよ。『子供なんだから母親の気持ちを慮って当たり前』と言うなら『その言葉はお互いに意識しないといけないよね?』と返したい。

こういう事を考えながら母と関わって、『声』じゃなく『文章』で話す方が今の私にとって合っていると判った。LINE上では落ち着いて話す事が出来るし、受け取るのも楽。内容を熟考出来るから傷つけ合わずに済むんじゃないかと思う。母は母なりに私を心配してくれてるのは知ってるから、その気持ちだけ受け取る事だってできる。
最近何となくね、母にとって私は『良くも悪くも娘』なんだなって感じるんだ。いつまでも子供でいるように思われていそうな気がする。実際子供な側面もある人間なんだよ。幼いし、騙されやすいところや利用されやすいところがあるなって自覚もある。だからって全部が年齢不相応な言動ばっかりかって言うと違うし、母も恣意的な振る舞いをする事がある。よく喧嘩にならないなって遣り取りを義父としてるのを結構見てる。

強い人なんだろうね。でも強いだけが正しいとは限らないね。弱いんじゃなくて、柔軟性と言うかしなやかさがあったっていい。私はそっち側だと思うし、どんな場面でも自分を俯瞰してみる癖がついてるから『正しくない事をしてる自覚』みたいなものがある。見方や思考の角度を持つようにしてから『正しくない自分』みたいな意識が生まれた。
私はきっと彼女を傷つけてきたし、咎められるべきところも沢山ある。でも同じくらい私も傷ついてきたし、だからと言ってそれは誰かを傷つけていい免罪符にはならない。常に正義側だけじゃいられないんだ。いつかどこかで誰かの敵になるし悪役になってる。今もきっと。
せめて身近にいる大切な人とは傷つけ合いたくないってこれを書いてても思うよ。言葉は刃だけど、鞘に収める事も布で巻く事も出来るからね。


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