21:00 - 次男 前編
「カラ松、交代だよ」
「フッ ようやく俺の番が来たか…!」
「いや、なんでお前は外で待ってんだよ」
時間ピッタリにライブハウスに戻ってきたチョロ松は、会場の外ですでに準備万端で待っていたカラ松へと声をかける。
つまり会場内は六つ子が二人足りていないことになり、トト子に感づかれたらどうするんだと次男の馬鹿さにチョロ松は半眼になった。
弟に呆れられてもどこ吹く風と、カラ松はトレンチコートのポケットからいつものサングラスを取り出して掛けると中指でそれを押さえ上げる。
「トト子ちゃんとはもう十分愛を語り合ったからな… 聞こえるのさ。この俺に早く来て欲しいと呼ぶなまえちゃんの心の声が」
「お前さあ、ほんとなまえちゃんに迷惑かけるんじゃねーぞ」
ちゃんと彼女の言うこと聞けよ。と、まるで子供に言い聞かせるように言う。
「フッ 言葉なんてなくても俺たちは分かり合えるさ」
「俺とまず分かり合えて無いんだけど… まあ、気をつけていってこいよ」
よっぽど楽しみなのだろう、フルスロットルでテンションを高めているカラ松の耳にチョロ松の言葉は届いていない。
もともとイルミネーションデートがしたかったのは彼本人なのだと思い出すと、無理もないかとチョロ松は諦めてカラ松を送り出す。
高らかに革靴のかかとを鳴らしながら去っていくハードボイルドな背中を見送って、チョロ松はライブハウスの中へと戻っていった。
時計が九時を告げると共にイルミネーションが切り替わる。
趣がガラリと変わり、見事なグラデーションが流れてゆく光景に周囲からは歓声が上がる。
そのグラデーションを背景に背負って自分の世界に浸りきって歩いてくる人影を見つけ、その人物らしさになまえの口元から笑みが零れた。
悠々と歩いてきたカラ松はなまえの元へたどり着くと、緩やかな動作で左手を差し出す。
「待たせたな、カラ松Girl」
幾つかの赤い花びらが散ってゆきながら、なまえの眼前にバラの花が咲いた。
同時に、なまえの顔にも笑みが咲く。
「こんばんはカラ松さん。もらっていいんですか?」
「もちろんだ」
キザな仕草でサングラスを外したカラ松は方眉を上げてニヒルに笑う。
いつもなら周囲から浮いて見えるカラ松の言動も、幻想的なイルミネーションの中ならば馴染んで見える気がしてくる。
持っていてもあまり邪魔にならなそうな小振りな花束を受け取り、なまえは目を細めた。
「だいぶイベントも後半だが疲れてないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、なら少し歩こうか」
さり気なくなまえを気遣いつつ、カラ松はすっと右腕を軽く曲げてスペースを作った。
海外映画で紳士がしているのをみたことがあるが、自分に向けてされるのははじめての動作だ。
アダルトなエスコートに照れが混じり、なまえはおずおずとその腕の中に自分の腕を通す。
軽く脇を締めて安定させ、ゆっくりと歩き出したカラ松に倣ってついて歩くと、その歩きやすさになまえは思わず隣を歩く横顔を見上げた。
速度、歩幅、リズムすべてをなまえに自然に合わせてくれており、それは普段の格好付けがただの真似事ではないことを証明していた。
この染み付いたレディファーストは生活の一体どこで発揮されているのだろうかと考えていると、眺めていた横顔がチラリとこちらに視線を送る。
「あんまり俺の顔に見惚れていると、躓くぜ子猫ちゃん」
「え、あ。はい!」
よくこんな歯の浮いたセリフが淀みなく出てくるものだ。
松野カラ松という役者が演じるキャラクターとデートをしているような錯覚に陥り、いつも以上に役に入り込んでいるカラ松へなまえは感嘆のため息をこぼした。
「カラ松さん、今日は絶好調ですね」
「フッ レディは人を乗せるのが上手いな。イメージ通りに物事が運ぶのはつかず離れず見守る月の加護があるからこそだと実感するぜ。そうだろ?フルムーン」
「…私のことですか?」
「ああ、そして俺は孤独な闇…」
「……やみ…」
独特な言い回しで理解が遅れてゆくが、振り落とされないようになまえは会話を繋げようとしがみつく。
今日はとことん松野カラ松の持つ世界を覗いてみたい、そんな気持ちだ。
「今日のデートをイメージトレーニングしてたってことですか?」
「ああ、最高の夜を約束するぜ。 …だが、それも優しく降り注ぐ月光があればこそ」
「そこで私が出てくるんですか」
「月が照らさない闇は、ただの無。そこにあるのは横たわる孤独だけだ…」
「はぁ〜…」
返事があやふやになりながらも、カラ松の言葉を必死に脳内で解読を試みる。
そうしてはじき出した答えをなまえはドヤ顔で披露した。
「"だまって俺について来い"ということですね!」
「いや、そこまで関白宣言はしてない…」
「あれ」
松野カラ松の世界は思った以上に深いようだった。
ゆっくりとイルミネーションを楽しみながら広場の中央付近までやってくると、広場を囲むイルミネーションが一望できるそこは人気スポットのようで人がごった返していた。
なまえをかばいながら歩くカラ松も流石に歩きづらそうで、度々彼女の方を見て気遣う様子が見て取れる。
「…なんかこの辺りだいぶ人が増えてきましたね」
「もうすぐメインイベントが始まるからな。少し広い方へ行こうか」
「メインイベント? …あっ」
とうとう人とすれ違いざまにぶつかってしまい、なまえはとっさに持っていた花束をかばう。
こちらが謝る間もなく、また謝られることもなく、ぶつかった肩を強引に押されてバランスを崩したなまえは組んでいたカラ松の腕にしがみついた。
「おっと」
カラ松がその腕を引き上げてくれて、なんとか転倒は免れる。
「大丈夫か?」
「はい、すみません」
「女性にぶつかって謝りもしないとは… いや、この場合はエスコートをしきれなかった俺の責任か。すまない」
「いえ私がもたもたしたせ…」
不意に引き寄せられる感覚に息を呑んでしまい言葉が最後まで言えなくなった。
なまえの左半身がカラ松の身体に密着しており、先程まで組んでいたはずのカラ松の腕はいつの間にかなまえの腰を支えている。
ウエストに添えられた手の感触に、腰を抱かれていると理解した瞬間なまえは目の前がチカチカと瞬いた。
「からまっ…」
「混んでいるからしばらくこうしよう」
涼しい顔で平然と言うカラ松に、一人で緊張している事実を突きつけられ、顔に集まる熱でくらくらとする。
腰を抱かれた経験などないなまえは、自分の左腕の置き場がわからずあたふたとコートの裾を掴むと、カラ松がふっと笑う気配がした。
「手は、ここだ」
後ろから回ったカラ松の左手にコートを握っていた手が掴まれ、誘導されたのはカラ松の腰。
掌から伝わる硬い腰の感触に、なまえはもういっぱいいっぱいだった。
カラ松はそのままもう人とぶつかるようなへまをすることはなく、なまえを丁重に扱って混みあわない場所へとエスコートしてゆく。
より密着しても変わらず歩きやすく、心地いいリズムで。
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