21:00 - 次男 後編
「ふむ、この辺りならいいか」
「?」
メインとなるイルミネーションを正面に構えて人混みから少し離れて立ち止まったカラ松は、また粉雪が舞い始める空を見上げた。
何かがあるのかと同じ方向を見上げるが、星も月もない闇があるだけだ。
「寒くはないか?」
「だ、だいじょうぶです」
「頬が赤いようだが、本当に大丈夫か」
むしろ暑い。
徹底した紳士的な振る舞いに翻弄されれば顔だって赤くもなる。
それが自分の行いのせいだとは思いもせず、寒さのせいだと勘違いする鈍い男になまえは悔しさの交じる目を向けた。
だがそんな視線さえ、カラ松には意図が汲み取れず微笑みで返されてしまう。
「そういえば兄弟たちのものをいろいろと身に着けているようだな」
なぜ微笑まれたのかといえばなまえの服装にようやくきづいたようで、見覚えのあるものをいくつか身に着けている彼女を不躾ではない程度にカラ松の視線がさっと走り、彼は満足気に頷いた。
おそらく女性を気遣った兄弟たちの行動に「さすが俺の兄弟(ブラザー)だ」とでも思っているのだろう。
「はい。皆さんが貸してくれて…」
「そうか… あいにく俺は渡してあげられるようなものを持っていないな…」
兄弟たちに続きたいがあらかたの防寒具はもう揃えられており、コートくらいしか渡せるものがない。
ちらりと自身のトレンチコートを見るカラ松の視線を悟り、なまえは慌てて「もう十分暖かいです」と提案される前に遠慮した。
コートまでもらってしまったら、もう笠地蔵だ。
「カラ松さんには、花束もらいました」
僅かに落ち込んだ雰囲気を出すカラ松へ向けて花束を見せると、そういえばそうだったと笑顔が戻る。
「用意した花束を受け取ってもらえたのは初めてだ」
「そうなんですか?」
「ああ、カラ松Girlは恥ずかしがり屋が多くてな」
「なるほど」
帰ったら玄関にでも飾ろうかと思っていたが、そう聞くとドライフラワーにして保存しておきたい気もしてくる。
たしか風通しのいい場所に吊るしておくだけだっただろうか、と作り方を思い出していると、
「今度は白い薔薇でも贈ろう。楽しみにしていてくれ」
味をしめたカラ松はこれからも花をくれるそうなので、やはり見栄えのいい玄関に飾ろう。
一度きりではないという約束が思いの外嬉しく、なまえは「はい」と微笑った。
「…照れ屋も悪くないが、こうして好意を素直に受け取ってもらえるのは嬉しいものだな」
そう言い、カラ松は目を細める。
その表情は役に入りながらも素が溶けているように嬉しそうで、言葉で飾り立てない彼の本音を聞いた気がした。
「カラ松さんの愛情表現は少し特殊ですよね」
「フッ 俺のカリスマ性がそうさせるのか…罪な男だ」
「優しすぎるくらい優しいですし、周りは甘えてしまうのかもしれませんね」
「俺は博愛主義だからな。世界中の人々に愛を届けたい。そう、Love to World wide...」
「じゃあカラ松さんが、一人の女性を愛したらどうなるんですか?」
愚問だ、とでも言うようにカラ松は白い歯を見せ笑う。
「もちろんこれ以上なく大切にするさ。毎日愛を囁き、注ぎ、慈しむ」
眩しい笑顔とはこういうものなのかと思わず納得して、こちらが恥ずかしくなるような回答になまえも照れ笑いを返した。
「カラ松さんの愛を独り占め出来る女性(ひと)は、幸せものですね」
「も、もちろんだとも。約束された幸福(ハッピーエンド)だ」
初めて聞くカラ松の恋愛観は、誰もが幼い頃読んだであろう童話の結末、
"王子様とお姫様は幸せに暮らしました"の、めでたしめでたしの先を想像させ、彼なら本当に実現してくれそうだと想像を膨らませたなまえはその幸せな家庭像に、ほぅと溜息を漏らした。
「いいなぁ…」
零れた独り言に、腰を抱く手がぴくりと反応した。
隣を向くと僅かに頬を赤らめた顔と目が合う。
なまえがぱち、と瞬きをすると、それを合図に唾を飲み込んだカラ松の喉仏が上下した。
「その… 」
薄く開かれた唇から言葉を発しようと空気が漏れたあと、絞りだすように彼は素の声を出す。
「俺はさっきから、口説かれているんだろうか…?」
「え?」
じわじわと赤みが増していくカラ松の顔から、演技の色が落ちてゆく。
じっと逸らさず見つめてくる瞳になまえが動けなくなっていると、頬に熱を持った手が触れて、ついと撫でられた。
余裕のない表情とは正反対の動きをする指先に、なまえの心臓がどくんと跳ねる。
「か…」
カラ松さん、と言おうとしたが続かない。
その代わりに、添えられていた手がわずかに動いて脇腹を撫でた感触に、空気とも声ともしれない音が口から漏れた。
頬の手が顔をそらすことを許さず見つめ合った状態で、カラ松は緊張で乾いた唇を舐める。
その野性的な仕草から視線が逸らせない。
「…試してみるか?」
「な… にを?」
返事の代わりにカラ松の顔が近づいてくる。
体温の上がったお互いが吐く熱で視界が白く曇り、それが散った瞬間だった。
ドン、と。
身体を揺らすような音とともに頭上に大輪の花が咲いた。
同時にその瞬間を待ちかねていた歓声が辺りを包み、我に返った二人は近づき過ぎていた距離を元に戻した。
「花火…?」
「は、始まったか…」
花火の音にも紛れない、ばくばくと煩い心臓の音に胸を抑えてなまえは頭上を仰ぐ。
真っ暗な空を彩るイルミネーションが広場に降り注ぎ、その光を引き継ぐように人工のイルミネーションも煌めいている。
まるでプラネタリウムのようにドーム状に光が溢れた真ん中に二人は立っていた。
「すごい…」
「すごいな!」
自然と二人の口から感嘆の声が漏れて顔を見合わせる。
「メインイベントってこれですか?」
「ああ、毎年あるんだ! 実際に見るのは初めてなんだがな!」
花火とイルミネーションを映したキラキラの瞳でまるで少年みたいに笑うカラ松がいる。
今なまえの隣に立っているのは、兄弟にそっくりな笑顔で笑っているのは、役者ではない素の松野カラ松だ。
「これを見るのは、初めてのデートの時だと決めていたんだ!」
爆音に負けない大きな声で宣言するカラ松の声に周囲も和み、温かい視線が向けられる。
「夢がかなった! なまえちゃんのおかげだ!」
花火を背負った満開の笑顔の言葉に、
あ、となまえが気づいた瞬間には喜びが身体に満ちていた。
底から沸き上がるこの嬉しさを伝えたくなって、なまえは背伸びをしてカラ松の耳に顔を寄せた。
「カラ松さん!」
「ん!?」
呼びかけに屈んでくれた耳元に両手を添えた口を近づける。
「今日初めて名前呼んでくれた!」
「!?」
「嬉しいです!」
なまえの言葉にハッとした顔をして固まるカラ松は、ほんの数分前までの彼とは全くの別人で、赤面を隠すように慌ててサングラスを掛けた。
素に戻っていることを自覚したのだろう。誤魔化すようにもじもじカチャカチャと忙しなくサングラスをいじる忙しい左手に、なまえはたまらず吹き出す。
一度崩れてしまったものは立て直すのが難しく、素の状態をさらけ出したままカラ松はきまり悪そうにサングラスの下で困り顔を作った
。
「う… あ、あまり笑わないでくれ…」
「あはは、ごめんなさい。でもそんなカラ松さんも…」
"素敵ですよ"
言葉尻はひときわ大きく咲いた花が掠め取っていった。
何を言われたのか聞き取れないカラ松は、その先の言葉の様々な可能性を考えて思春期の少年のように思いを馳せるのだった。
未だ咲き止まない光の中、場所はいつもの時計の下で声が届くくらいまで顔を近づけて二人は別れの挨拶をする。
「いい子でここで待っているんだ」
「はい」
「知らない人についていったらダメだぜ」
「はーい」
素直だが間延びした返事に、カラ松は不満気にそのりりしい眉を寄せる。
「なんか、なまえちゃんの対応が変わった気がする…」
演技と素の状態を行ったり来たりするようになってしまったカラ松がどうしても微笑ましく、なまえは笑顔をしまうことが出来なかった。
「ごめんなさい、カラ松さん。楽しかったです」
「それは良かった…」
しかし納得がいかない面持ちでしばし考えこんだカラ松は、ちょいちょい、と人差し指を揺らして「こちらへこい」とジェスチャーをする。
口に手を当てた内緒話のポーズに従ってなまえは素直に耳を寄せた。
吐息の混じった低い声が鼓膜を震わせる。
「さっきの続き、今度しような」
「っ…!?」
熱い吐息がかかった耳たぶを抑えて飛び上がったなまえを見て、カラ松は「俺の愛を全部受け止めてくれるんだろう?」と口角を上げる。
「そ… そこまでは、言って、ないです…」
なまえが絞り出したか細い返事にようやく満足した役者松野カラ松は、ここへ来た時と同じように悠々とイルミネーションの中へ溶け込んでいった。
最後の一松がここへ来る前にこの赤い顔を何とかしなければ。
残されたなまえは花束に顔を埋めて赤い色が薔薇に移ってしまえと強く願った。
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