21:30 - 四男 後編
ようやく満足した一松に開放されベンチで横に並びながら、なまえは飽きもせずスマートフォンを眺め続ける一松に声をかける。
「…一松さん、楽しいですか?」
「うん。すっごく楽しい」
一松の携帯へと送ってあげた先ほどの写真と、なぜか欲しがられたのであげたトド松とのツーショット写真を交互に見比べながら、彼はにやける口元を顎にかけていたマスクの中へと隠す。
隠されても露出した目元の眼差しはネコのイルミネーションを見ていたときと同じで、なまえは嬉しいような恥ずかしいような微妙な気持ちだ。
写真を撮っていた時とはまるで正反対の雰囲気の一松を眺めながら彼の二面性について思いを巡らせていると、一松が数分ぶりに自分から話しかけてきた。
「そういえばなんで手袋とかマフラーとか増えてんの」
見比べているうちに微妙に格好が違うことに気づいたのだろう。
トド松との写真を眺めながら、一松の視線がなまえへと移る。
「寒いからって、皆さんがひとつずつ貸してくれたんです」
「全員?」
「カラ松さんからはもらってないというか…もう、これ以上お借りしなくても温かいので…」
「ふーん…」
ちらりと横に置いてある花束を一松が見てドキリとしたが特に言及はされず、なまえは胸をなでおろす。
唐突に一松が立ち上がった。
移動するのかと、なまえも慌てて腰を浮かそうとしたが、一松はパタパタと服のあちこちを触ってポケットに手を突っ込んだりしている。
引っ張りだしても糸くずしか出てこないポケットの裏地をつまんだままの一松はどこか落ち込んでいて、なまえはおそるおそる声を掛けた。
「…探しものですか?」
「なんか…ないかとおもって」
やれるもの…と、小さな呟きが返ってくる。
他の兄弟がひとつずつ物を渡しているのに、自分だけ上げられるものがないことに気づいたのだろう。
花束どころか飴玉一つ入っていない甲斐性のないポケットにぐいっと手を突っ込んで、一松は押し黙ってしまった。
「一松さん…」
気持ちだけでいいですよ、と言ったところで納得するはずもない。
何か一つだけでもなまえに渡さないと彼だけ兄弟と足並みが揃わないことになる。
そこに拘る一松の考えを汲み取ると、なまえも一緒になって悩んだ。
目を伏せる一松の横顔を眺めると、ひとつだけ彼からもらっても差し障りのないものが目に飛び込んできた。
ただ、それをねだるのは少し勇気がいる。
しばらく逡巡したあと、なまえは深呼吸をひとつしてその大胆な思いつきを口にした。
「一松さん、ほ、欲しいものがあるん、です…けど」
出した勇気が尻すぼみしてゆき語尾がモゴモゴとしてしまったが、なまえの言葉に一松はぱっと顔を上げた。
「何?」
「その、えっと…」
「うん」
普段の覇気のない表情からは想像がつかない、キラキラとした眼差しを向けられて目を見ることが出来ない。
なまえは俯いて、聞こえるか聞こえないかの声で欲しいものを告げる。
「空気冷たくて喉痛いので…マスク、ください…」
丸くなった一松の目が、聞き零さず彼の耳に届いたことを表した。
なまえの言葉を脳に浸透させてゆくように、一松はゆっくりとまばたきをひとつする。
「…いいけど、コレしかない…ケド…」
これ、と身につけているマスクに指をかけて引っ張る。
「…いいの?」
確認されてしまう恥ずかしさに、声も出す気力もなくなまえは頷く。
彼女の頷きを確認した一松がマスクを更に引っ張り乱暴に外すと、マスクに覆われていた顔があらわになり、それが仄かに火照っているのは寒さのせいではないはずだ。
「ここ来る前に出したばっかのやつだから、これ…」
こくりと頭を振ると、ゴムの部分を持った一松の手が近づいてくる。
つけてくれる様子を察知してなまえは帽子とイヤーマフを取り外すと、流れた髪の毛を耳にかけてその時を待った。
「…ほとんど、下げてたし…あんま汚くないと、おもう」
そう言いながら、外した時とは全く違う優しい動作でマスクをなまえへと掛ける一松の繊細な手付きに、なまえの心臓が忙しい。
ほとんど下ろしてたとはいえ、今しがたまでは一松の顔に掛かっていたものが自分の顔に掛けられている状況に赤面せずにはいられず、それをこの白い布が隠してくれることだけが幸いだった。
「あ、ありがとうございます」
「うん…」
蛇腹のマスクを引っ張ってできるだけ見える面積を狭める。
なまえにとっては照れゆえの行動だったが、一松には違う映り方をしたらしい。
「なんか、イイね。このプレイ」
「ぷ、プレイとか言わないで下さい…」
新境地を見つけたような一松の笑みに同意なんて出来るわけもなく、なまえは下を向いた。
すると、わざわざ屈んでまで眠たげな目が覗き込んでくる。
ぱちりとお互いの目が合うと、こちらを見つめる顔がへにゃっと緩んだ。
「ありがと、なまえちゃん」
猫に向けている時しか見たことがない破壊力を孕んだ一松の笑顔に直面して、なまえは彼の底の深さを思い知った。
「みーんなー! ありがとーー!」
三時間のライブが終焉を迎えようとしている。
六つ子にとっての今日のもう一人の主役、トト子へ惜しみない歓声を送る兄弟たちに、一松はしれっと混ざりこんだ。
「一松兄さんおかえり!」
「ただいま」
「なまえちゃんは?」
「皆で迎えに来るから、30分くらいどっかで時間つぶしてろって言ってきた」
「オケオケ。寒いしなるべく早く戻ってやろう」
最後の曲の演奏が終われば、あとはアンコールだけだ。
そうすれば兄弟たちはようやくゆっくりとなまえと過ごせる。
まだまだ終わらないクリスマスを思うと溢れる笑顔が止まらず、六つ子のそれを一身に受けるトト子にとっては申し分のないエールとなった。
「もートト子すっごく嬉しいーー!」
「「「俺達も嬉しいよ! トト子ちゃーーーん!」」」
頬に手を当て、くねっと身を捩らせるトト子の愛らしさに六つ子は息の合った声を張り上げる。
「トト子、すっごく嬉しいからぁ…」
トト子は言葉の先を溜めて、指で唇をなぞる。
彼らにとってはファンサービスでしかないその仕草に六人全員が前のめりになると、彼女は玉の汗が流れる顔に艶やかな笑みを作った。そして、
「今日はもうこのままオールでアンコール! 行っちゃおーーーー!」
とんでもないことを言い出した。
「え?」
「え」
「えっ」
「え…」
「!!!」
「ぇ」
「今夜は皆、寝かせないぞっ」
パチッ☆と、トト子のウインクを合図に静止した六つ子の時間が動き出す。
「「「「「「えーーーーーーー!
- 6 -
*前次#
ALICE+