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自分の職場である学校へと向かう道すがら桐島は一人嘆いていた。

「あああ...」

美しい青空を見上げるも、そんな空とは似合わない恨めしい溜息のような声を吐き出す。
幸いその声は桐島の口にあるマスクに覆い被さられており周りには聞こえない為特に被害者はいない。

先日の大失恋によりとんでもない傷心の桐島の気持ちとは裏腹にまるで小春日和な陽気である。
何だか神様に馬鹿にされているようにさえ思えてくればつい鬱々となってしまう。

師走のに訪れた小春日和の中、桐島と言えば先日着ていたコートではなくぶ厚めのダッフルコートにマフラーをグルグル巻きにして手袋にマスクと完全防備をしていた。

「っくしゅん! 」

「っ、学生だったら休めたのに...」

イガイガする喉を不快に思いながら、己の体調不良の原因である昨夜の事を思い出す。

『じゃあ、最後でいいので抱きしめて下さい。』

白い息とともに震えるように桐島の口から出た言葉。

体なのかそれとも心が寒いのか既にわからなくなっていったが斎藤の腕を掴む力が自然と強くなる。

『......』

どの位無言の時間が続いたのだろう。
必死な桐島からすると、とてつもなく長く感じた時間だった。

ふいに二人の中の空気が変わる。

『おいで』

桐島が掴んでいた腕をゆっくりと斎藤は外すと、人通りのあった場所から少し離れ路地へと連れて行き静かに桐島を抱きしめた。

斎藤の胸元に顔を埋めるれば鼻腔を擽る匂い。
近づかないとわからない匂いは二人の関係が近かった証。

『...せんせぇ』

自然、斎藤に甘える時の言葉が漏れる。

止まらない涙も、甘えた声も斎藤にとっては煩わしいであろう邪魔な事は理解できるが感情が追いつかずつい縋ってしまう。

それでも。

一頻り互いの時間を共有した後、斎藤はゆっくりと抱きしめていた腕を外すと俯く桐島の頭を撫で『さようなら』と桐島の頭に白い息を吹きかけ踵を返して行った。

でてくる涙は我慢するものの堪えようがなく、せめてもと思い口をへの字にして歯をくいしばる。
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