桐島はその人気のない路地裏から動くことができぬまま。
そのまま数時間なのか数十分なのかじっとしていた。
夜中に自宅へと帰り着いたのちは風呂も入らず眼鏡を乱雑に捨てスーツのままベッドへダイブしていた。
寒空の下、何時間も外に出て尚且つ風呂で温もりもせずに寝入った結果である。
「風邪なんて...コホ..」
案の定、物の見事に風邪をひいてしまったものの、職務放棄はできないと学校への道のりを進んで行く。
「キリちゃんせんせーい!おっはよーって、アレ? 顔赤くね? 」
桐島の背から満面の笑みで声をかけてきて肩を抱くのは昨日注意したばかりの伊藤だ。
肩を抱いたまま顔を覗いてくる仕草にそんな距離感に慣れていない桐島はやはり上擦りながら注意する。
「いっ、伊藤くん...!桐島先生と呼んで...コホ...それに、ちかっ..近いのでもう少し離れてく...」
火照る顔は更に熱く感じる。
常日頃、色白である桐島の薄紅に染まる頬。
熱の所為なのだろう潤んだ瞳が眼鏡越しに伊藤を見遣る。
いつもと様子の違う桐島に目を瞠る。
しかしすぐに桐島の様子を確認しようとする。
「ちょっ、キリちゃん。風邪ひいてんの? ヤバイじゃん。今日は帰んなよ 」
いつもの明るく大雑把なナリは潜め眉をハの形にして桐島を心配する伊藤。
「だ……大丈夫です」
社会人たるもの風邪ごときで休んではいけない。
「ダメだよ。キリちゃんの風邪がみんなに移っても駄目でしょ」
目を細めて桐島の腕を掴む伊藤にはいつものおちゃらけた所がなく「よっぽど僕より年上っぽい」などと桐島は呑気に思ってしまっていた。
「とりあえず、学校着いたら保健室行こうね」
「あっ、ありがとうございます」
思ったよりも強い物言いについ桐島はつい返事をしてしまい、その身を伊藤に任せた。
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