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師走の真っ只中。
枯葉が舞う風の強い中をコートにマフラーという出で立ちで桐島直哉きりしま なおやは職場である学校まで歩いていた。

顎先を隠したマフラーを握りながら小さく息を吐き出せば真っ白で、冬の空気の冷たさを表している。

「先生ー、おはようございまーす」

寒さからか周りの生徒たちも足早に進んでいるものの桐島に気づいた生徒が挨拶をしていく。

「はい。おはようございます」

寒さから顔が強張りそうになりながらも、何とか笑顔を作って挨拶をし返せばやはり口元から吐き出される息が真っ白だった。

こんな何気無い日常の一コマにも幸せを感じてしまい桐島は嬉しくなる。

教師という職に就いて三カ月。
ある程度慣れた職場と家の往復の毎日に桐島はそんな感想をもっていた。
新人ながらも生徒たちとは少なからずコミュニケーションがとれて問題なく過ごしているし、就職を機に始めた一人暮らしにも慣れてきた頃だ。変わりばえしない毎日と週に一度訪れる愛しい人への奉仕は桐島の幸福度指数を高めている。

中でも幸福度指数を軒並みあげている愛しい人の顔を思い出し桐島は自然に表情筋を緩むのを感じた。

「キリちゃんせんせーい!おっはよー!何にやけてんのー!」

桐島の背から聞こえてくる揶揄い混じりながらも明るく暖かな言葉。
振り返れば自分の受け持つ科目の担当クラスの生徒の伊藤だった。
満面の笑みで声をかけてきて肩を抱きながら並ぶ姿はきっと桐島の事を同級生か何かと勘違いしてるかのような距離感だ。
そんな態度に桐島は戸惑うものの少しでも教師としての威厳を見せようとする。

「いっ、伊藤君。なっ、何度も桐島先生って呼びなさいと言っているでしょう… 」
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