「僕がぼーっとしていたので、すみません」

幼さの残る顔で律儀に謝る。

自然な茶色の髪に鳶色の瞳。
全体的に華奢な体は実身長より小柄に見えてそうだ。
ともすれば自分よりも年下に見えるがれっきとした教師だろうからやはり年上であろう。

笹川は得意の優等生面を貼り付けた。

「先生に怪我がなさそうで良かったです」

にっこり笑いそう伝えれば

「はい。君にも怪我がなくて良かったです」

と、安心したようにふわりと笑った。

「では、僕は失礼します」と笹川の横を通り過ぎる小柄な男に「あっ、はい…… 」と返事をしたもののふわりと笑ったその姿がやけに笹川の印象に残った。






「えー! 笹川くん、帰っちゃうの? 」

綾女子との合コンに来たものの想像以上の甘ったるい香水の匂いなどに笹川は気分を削がれ苦笑いしながら謝る。

「ごめんね。本当は二次会も行きたいけどちょっと用事思い出したからね。また、今度遊ぼうね」

当たり障りの無い言い訳でやんわりと断り何とか帰れるようになると笹川は一人繁華街を歩いていた。

大学も推薦が決まり後は高校を無事卒業するだけ。
性欲処理が必要な時は女を呼べる。

「あー、おもしんねー 」

不意に出た本音と同時に笹川の目に一人の男が映り込んだ。

寒空の下、全ての人間が皆足早に過ぎていっている。
誰もが足早の中その男もいた。

『アレは...』

しかし、その様子はどこか変で初老の男の腕を掴んでなお引っ張られている男は笹川が昼間学校でぶつかったあの小柄な男である。

笹川は自然に近づいていけば少しづつ声が聞こえてきた。

「……奥さん…バレないよう……ます…。先生の一番は……さんでいいから……」

昼間の声とは違う縋るような悲痛な声。
更に近づけば

「僕を捨てないでください……」

と通りすぎると同時にそんな言葉が耳に入る。
一瞬みた小柄なその顔には涙が浮かんでいて、それが笹川にはとても扇情的に見えた。

一度通り過ぎた笹川だったがその場に止まりポケットからスマートフォンを出すと録画モードにしてこっそりと二人の痴情のもつれを録画し始める。

二人を見つめる笹川の口元に弧を描いていた事は本人も気づかないのだった。

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