ひまわりに落ちる 01 


ーーーーーお隣の煉獄家の朝は早い。

「おはようございます!父上!母上!千寿郎はまだ寝ています!!」

世間がほのかに白んでいく時間帯。今日も隣の屋敷から杏寿郎の声が聞こえる。それを夢現の中遠くに聞きながらまだ眠れる…と寝返りを打った。
すると部屋の窓の外からコツコツと音が聞こえたかと思ったらそれに続くように大きい声が響いてきた。

「タケおはよう!今日もいい天気だ!朝食の時にまた会おう!」

声の主は私の返事も聞かず走り去っていった。道場にいったんだ。

「おはよ…もう少ししたら起きるから…そっち行くから…うん…」
聞こえないくらいの小さい、しかも掠れ声で返事をする。

昔から続く名家・煉獄家と普通の一般家庭である私の家は隣同士。しかも煉獄家の敷地は広いのに母屋は隣の家であるウチと近い。しかも私の部屋と杏寿郎の部屋は一階、隣同士にありすぐに行き来できる。
物心着いた頃からずっと杏寿郎が毎朝私の部屋の窓をノックして声をかけてくれる。
小学生の頃杏寿郎に「いつも起こしてくれなくても自分で起きれるよ?」と言ったところ、「タケは俺にとって大切な妹みたいなものだからな!兄は妹の世話をするのは当たり前だ!」と言って毎朝私に声をかけるのを辞めなかった。い…妹…いもうと…放たれた一言は私の幼心を抉り、今なお癒えていない。
そしてそれは十数年経った社会人になった今でも続いている。
現在、杏寿郎は学校で教鞭を執っているし、私は企業勤めの事務職。立派な社会人だ。
私の両親は私が高校生の時から海外で仕事兼悠々自適な生活を送ってる。
女1人を心配されてか「朝食は1日の活力となるものです。こちらで一緒に食べましょう。」と瑠火さんが言ってくれたこともあり、朝ごはんは煉獄一家と一緒に食べている。

まだ眠い体を起こして顔を洗い、着替えてメイクをし、出勤できる準備を済ませバッグを持って煉獄家へ。そのまま台所へ行き、置いてるエプロンをつけて準備を始めてる瑠火さんの横に立つ。

「瑠火さんおはようございます。」
「おはようございますタケさん。今朝は大根と薄揚げの味噌汁と鮭の塩焼き、ほうれん草のお浸し、出汁巻卵にしようと思います。」
「わかりました。お浸しと出汁巻卵はお弁当にも入れるように多めに作りますか?」
「そうですね。お願いします」
「はーい。」

調理をしていると可愛い声が聞こえてきた。

「母上、タケさん、おはようございます。とてもいい匂いがします。」
「千寿郎くんおはよう。」
「おはようございます千寿郎。これを運んでもらってもいいですか?」
「わかりました。」

準備が整ったところでスーツ姿の槇寿郎さんと杏寿郎がやってきた。挨拶をして、みんな揃って「いただきます」をして食べ始める。

「瑠火、今夜は接待があって帰りが遅くなりそうだ。」
「かしこまりました。あまり飲みすぎないでくださいね。」
「千寿郎、今度の中間テストの勉強はどうだ?」
「はい、兄上。少しずつ進めています!」
「わっしょい!千寿郎は計画的にしていてえらいぞ!いつでも質問してきていいからな!」
「ありがとうございます兄上」
「うむ!そうしてくれると俺も安心だ!」
「わかりました。ありがとうございます。」
「千寿郎くんはコツコツ勉強型だもんねぇ。えらいよ。」
「私としてはしっかりしている千寿郎より槇寿郎さんが飲み過ぎないかの方が心配です。」
「るっ…瑠火っ!それは…その…ゴホン…気をつける…」
「ふふふっ!父上酔っ払ってこの前も玄関先で母上に怒られてたんですよ。」
「よもや!父上!」
「槇寿郎さんもそんなことあるんですね!」

煉獄一家とな楽しい朝食も終わり、瑠火さんが杏寿郎と千寿郎くん、槇寿郎さん、そして私にお弁当を手渡してくる。

「みなさん、気をつけていってくるのですよ。」
「ありがとうございます!いってきます!」

そして私は杏寿郎の車に乗り込む。最寄駅まで送ってもらうのだ。

「送ってくれてありがとう。杏寿郎も気をつけていってらっしゃい。」
「ああ、いってくる。」

杏寿郎がフッと笑い私の頭をポンポンと撫でる。そのあと車から降りて杏寿郎の車を見送り、改札に向かう。
これから満員であろう列車に乗るのは気がひけるが、頭を撫でられた時の杏寿郎の手の温かさを思い出し、心がポッと暖かくなる。頑張って出勤しようと気合を入れる。

これが毎朝のルーティーン。

こんなに杏寿郎と一緒にいるのに、私たちは付き合ってるわけではない。それなりにいい大人だ。お互い彼氏や彼女がいたこともある。だが私はすぐに破局してしまった。その理由は明確だ。私は杏寿郎に異性として好意を持っていることに気づいたから。社会人になって初めてできた(元)彼氏と一緒に過ごして違和感しかなかった。やはり安心できるのは杏寿郎と一緒にいる時。
杏寿郎も結構早い時点で彼女さんと別れてた。その理由は知らない。でもそれを知って嬉しかった。

私のことを妹だと言っている杏寿郎に「好き」と言ったらどうなるのだろう。うまくいけば万々歳だがもしうまく行かなかったら…
私が発するその二文字で今までのように朝の挨拶も、煉獄一家との楽しい朝食の時間も、2人で途中まで一緒に過ごす通勤の時間も、頭を撫でてくれることも、何もかもが崩れ去ってしまうのが怖いんだ。それなら私は杏寿郎にとって妹のような存在でいようという謎の決意を持って毎日を過ごしている。







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