魔女の涙にキスを


いろいろな仮装をした人たちが行き交う騒がしい街の中を1人とぼとぼ歩く。
ショーウィンドウに映った魔女の仮装をした私はひどく惨めで、頬に残った涙の跡がその惨めさに拍車をかける。誰かが幸せになる魔法を私にかけてくれればいいのに、なんて馬鹿らしいことを考えてふっと自嘲の笑みをひとつ零した。





事の発端は、ハロウィンライブの仮装だった。apple-polisherが出演するハロウィンライブに誘われた私は、成海くんから当日は仮装してきてよ!俺たちも仮装するからさ!というメールをもらって、若干浮かれ気味に魔女の仮装をして参加した。
大学で仲良くしてくれている成海くんに誘われたというのもあるが、普段着ない様な短いスカートに少し露出の高い胸元。ハロウィンだし、これくらいなら。そう思って選んだ魔女の仮装。これを見て、夕星が少しでも意識してくれればいいのに、なんて、片想いの相手を想う。

大盛況でライブが終わり、私は興奮冷めやらぬまま招待されていた楽屋へと向う。ドアをノックしてから入ると、中にはメンバーとマネージャーの龍雄くんがいた。

「みんな、お疲れ様!」
「ありがとな。なまえの仮装、魔女か?結構凝ってるんだな」
「わぁ〜!すっごく可愛いよ!」
「あぁ、悪くないな。お前によく似合ってる」

えへへ、ありがとう、と少し照れながら褒めてくれたみんなへ感謝を告げる。するといきなり手をぎゅっと握られた。

「なまえちゃ〜〜〜〜ん!その仮装、すっごく可愛いね!ね、俺に魔法かけてみない?ねぇねぇ〜〜!!」
「わ、龍雄くん…近いよ…!」

龍雄くんがグイグイと近づき、いきなりの至近距離にびっくりして距離を取ろうとするが中々に力が強く、距離を取れない。すると後ろから誰かに引っ張られ、ぎゅっと抱きしめられる。
汗の匂いに混ざってシトラスの匂いが私の鼻を掠め、後ろにいるのが誰なのか分かった私の鼓動が少し早くなるのを感じた。

「ゆう、せ」
「ちょっとたつお、うるさいし邪魔なんだけどぉ」
「邪魔とはなんだ邪魔とは!失礼な!」
「邪魔なヤツに邪魔って言って何が悪いのぉ?」
「ムキー!」

夕星に後ろから抱きしめられてるこの体勢では夕星の顔を見ることができない。けど、何となく、夕星の機嫌が悪い気がした。夕星が私から手を離し、向き合う様に体を動かした。

「…夕星、ありがと」
「べっつにぃ〜、たつおがうるさかっただけだしぃ。てかあんた何そんな張り切ってんのぉ?」
「え?」
「ブスは何着てもブスなんだからそんな服着るのやめたら?ブスが目立つよ」
「っ、」

早まっていた鼓動が嫌な音に変わり、息がしにくくなった気がした。目が熱くなりじわりじわりと水分が膜を作る。
夕星は普段から私のことをブスだと言う。少なからず夕星への気持ちがある私は毎回傷付いてはいたが、夕星が以前、簡単に泣く女は「めんどぉできらい」と言っていたからいつも泣かない様に、空気を悪くしない様に、と何とか躱していた。

しかしこの日は違った。あまりに冷たい言葉に、積もり積もった悲しみと怒りが爆発したのだ。そして私は夕星を突き飛ばして楽屋から飛び出した。手近にあったペットボトルを投げ付けたら夕星のお腹に当たった気もするけど、知らない。私は怒っているんだ。





思い出して何度目かのため息をついた。
いままでしていた我慢も、水の泡になった。あそこで我慢して、いつも通り接していたらいまも夕星と話せていたのかもしれない。こんな騒がしい夜に一人で寂しく歩くこともなかったのかもしれない。


騒がしさから離れたくて、少し離れた公園に向かいベンチに座った。空を見上げると夕星の髪みたいに、キラキラと星が光っているのが見えた。

星空を見ているとじわりと視界が歪んで星が見えなくなって、それがつらくて俯いて目をぎゅっと閉じる。

夕星に好きだと、伝えてしまえれば楽なのかもしれない。なのにそれができない。拒否されて、夕星と話せなくなることが、夕星の綺麗な瞳に映ることが、いままでの全てが、なくなってしまうかもしれない。そう考えたら臆病な私は何もできなかった。

「あぁ、でももう、無理だよね…突き飛ばしたし、ペットボトル投げ付けたし」
「ペットボトルは結構痛かったよぉ」
「…!」

突然聞こえてきた声に肩がビクッと跳ねてしまう。顔を上げると軽く肩で息をした夕星がいた。
なんで、ここにいるの、声に出さなくても顔に出ていたのか夕星がふっと笑い、どうでもいいでしょと言った。
なんで息切らしてるの?どうしてここにいるの?私を追いかけてきてくれたの?
聞きたいことはたくさんあるのに、頭のネジが何本か落ちて行ったかの様に回りが遅い。夕星はそれをじれったく感じたのか、私の頬に触れ自分の方に顔を向けさせた。

「…ねぇ、なんで泣いてたの」
「そ、れは」
「僕のせい?」
「………」

夕星の綺麗な瞳に私が映っていた。
この瞳に問われたら、隠し事ができなくなる。そんな力を持っているようだった。

「夕星、に、ブスって、言われるのが、つらくて…」

夕星の瞳が少し、揺れた気がした。

「私だって、毎回、心ないこと言われたら……っ、」

泣きたくなる、そう続くはずだった言葉は夕星の服に消されていった。
いつもの狂犬ぶりのない優しい抱擁にされるがままの私。とてつもなく長く感じたこの時間は、実際は1分にも満たないだろう。体を離して、もう一度私を瞳に移した夕星が口を開いた。

「…可愛いかっこしてるなまえが悪いんだよ」
「…え、は…?」
「僕が褒める前にみんながなまえのこと褒めるから、むかついた。僕だってなまえのこと可愛いって思ってるのに」
「ちょ、ちょっと待って」
「なにぃ?」

夕星が優しく微笑みながらこちらを見つめている。まるで、愛しい人を見るかのように。

「夕星、は」
「うん」
「なんで怒ってたの…?」
「わからないの?」
「ちゃんと言ってくれなきゃ、やだ」
「……なまえが好きだからだよ」

夕星の言葉に堪えきれない涙がぶわっと溢れてきた。
夕星は、泣き虫、と揶揄いながら私の目元にそっと触れて涙を拭う。

「で、返事はぁ?」
「私も、夕星がすき…っ!」

告げる方が早かったか、触れる方が早かったか。
夕星の冷たく薄い唇が私のそれに触れる。優しくて暖かい、触れるだけのキス。

「っん、ゆ、せ…」
「…唇、涙で濡れてる」

ぺろりと唇を舐めて、いまだにぽろぽろと溢れ続ける涙は親指で優しく拭ってくれる。

「夕星、すき」

僕もだよ、と笑った夕星がまたキスをした。
角度を変えて何度も何度も重なる唇に優しさを感じた。
夕星が抱き締めて、キスをして、好きだと言ってくれるこの魔法の様な幸せな日常が永遠に続きます様に。
キラキラと輝き続ける星に願いを込めた。