オールマイトと春



ホームセンターに隣接する喫茶店は好々爺が一人で営んでいる。映画に出てきそうな風情のある店の脇に行くのを戸惑われるような路地があった。いかにも野良猫が好みそうな路地をぬけると美容室がある。優しく屈折する光に照らされ季節の花が咲き匂う古風な店構えに一様に息を飲んだ。


ここは名前の営む美容室だ。世界総人口約八割が個性を持つ世界で、名前も例外ではなく超常能力を持っていた。しかしそれは《変色》手に触れたモノの色を変えられる力だった。ヒーローが活躍している現代に「お前の力は何の役にも立たない」と蔑みながら誰が言っていた気がする。幼い頃の記憶のため個性が発動していない故の嫉妬だろうと名前は気にも止めなかった。またプロヒーローの両親が「名前の個性も特別な力だよ」と柔らかな声で伝えてくれたのもあり名前は悲観する事無く素直に自分の力を信じ努力し、最大限に活かせる職に就いたのである。


店を開くまで名前の想像よりも時間を要さなかった。初めて勤めた店で個性によりヘアカラーを自在に細かく変化させられるという独自のサービスを始めたのもあるが、単に名前のカット技術が他より抜きんでていたため自然に指名が増えたのである。店を開いて二年、特に大きな問題もなくやって行けたのは常連さん達のおかげだろうと店内を眺めながら名前は幸福を噛み締めた。その時カランとドアベルが鳴り慣れた動作でハンガーを持ち入口に向かう。


「こんにちは、八木さん」
「元気かい、名字少女」
「あら、私はもう少女の年齢では無いのに」


ふふ、と微笑を口角に浮かべながら八木からスーツのジャケットを受け取ろうとするが、身体の前で手を左右に振り拒否されてしまう。時間と服装を見て思考を巡らしお急ぎですか、と切なそうに八木を見上げながら尋ねた。名前と八木では頭三つ分程の差がある。


「君にこれを渡しに」


いそいそと八木が入店した際に床に置いた紙袋から取り出したのは桜の枝だった。部屋に漂う花の香りに馴染むように春の匂いがする。
仕事で両親が八木と関わることが多く名前は幼い頃から遊んでもらっていた。両親の元を離れ店を開くという話をしたところ、こうして毎月のように顔を見せてくれるのである。


「綺麗…どうしたんですか?」
「そこの喫茶店近くに咲いててね、マスターに話したら自分の物だと言ってたから貰ってきたんだ」
「ありがとうございます、大切に育てます」
「思いのほか時間がかかったから、カットはまたの機会にしておくよ」


よく見ると枝の切り口には濡れたティッシュが巻かれておりマスターの心遣いが分かる。ここ最近仕事の予約が埋まっていた名前はゆっくり桜を眺める機会が無かったため素直に喜んだ。


「今度はゆっくりお話しましょう」


店の雰囲気によく合う笑顔見せ名前が言うと八木は、是非そうしよう、と頭に手をポンと置き雄英高校に向かっていった。高校についてすぐ八木がスケジュールを確認したのは言うまでもない。