デクとミルクティー



幼い頃から見ていた彼はこんなに筋肉質だっただろうか、と目の前にいる緑谷のバックを預かりながら名前は思わず凝視してしまった。緑谷の母から事前に来ることを耳にしていたが、思い出と姿や様子が違う。最後に会ったのは彼が中学生の時だろうか。逞しくなった、と微笑ましくしみじみと見つめた。「あ、あの…」と気まずそうに赤面している緑谷に名前は我に返り慌てて席へと案内する。未成年相手に下手したら犯罪になりかねない。


「ごめんなさい、準備してくるね。座ってて」


緑谷はパタパタとバックルームに向かった名前の姿を目で追う。眩いくらいのは白いロングシャツは皺一つ無く対象的に漆のような髪が風に靡く。女性と接する機会の少なかった緑谷は見惚れ緊張した面持ちで椅子に座った。ふわりと漂う桜の香りが少しばかり緊張を和らげる。準備を終えた名前は緑谷の後ろに立ち椅子の高さ調節を始めた。深いオリーブ色は触ると少し固めのくせっ毛だ。


「引子さんから聞いたよ、 雄英受かったんだね、おめでとう」
「あっ、ありがとうございます!」


名字家と緑谷家は同じ地続きの場所にあり同級生だった母同士は時を忘れて話し込むほど仲が良いのだ。子供達は歳の差があったためか顔見知り程度の関わりしかない。しかし名前は母から聞かされる話や引子から送られる画像で一方的に緑谷を知っていた。


髪は長さを少し切るだけで良い、という緑谷の要望の元ハサミを動かしていく。電気が走ったように動かない緑谷をみて名前は心配になり声を掛けるが「だ、大丈夫です」と凄い形相での返事しか来ない。
緑谷の態度を見兼ねた名前は飲み物を挟むことにした。爽快な香りでアロマの効果があるアールグレイのミルクティーにしようとキッチンに引っ込んだ。慣れない場所故の緊張だろうと名前は勘違いしているのだが。


「はい、どうぞ」
「…いい匂いだ」
「アロマの効果でリラックスできるかなと思って」
「なんかすみません…」


愛嬌のある微笑を浮かべる名前に緑谷は頬を染めつつも好意らしく笑った。
美味しい、美味しいとカップを傾ける緑谷と他愛もない話で盛り上がった。聞き上手な名前に緑谷の話は熱を持ち、純粋な子供の心でヒーローについて語る姿にハサミを止めた。両親がヒーローという事もあり名前にとって非常に興味深い内容だった。


「あっ、もう夕方だ!すみません!だらだらと話してしまって…楽しくてつい…」
「私も楽しくお話しちゃった、ごめんね。髪もあと少しで終わるからやってしまおうか」


それからは緑谷にとって瞬く間に終わった。作業が残り少なかったのか、名前の作業が早かったのか、もっと名前と話したいと感じているか、どれかがもしくは全部が当てはまるのかもしれない。


「また絶対に来ます!」
「うん、待ってるよ。学校頑張ってね」


帰る頃には緑谷の緊張は少しも無くなり、二人夕焼けより鮮やかな笑顔で店前で別れた。