大学に入ってから男運がすこぶる悪い。華やかなキャンパスライフを夢見て入学した私の希望は、今や霧の彼方に消えつつあった。
その最たる原因がこの男と言っても過言ではない。
「どうしたの、人のことジロジロ見て。そんな顔したってデザートは分けてあげないよ」
「タバスコがかかったヨーグルトなんて頼まれても食べないけど」
顔を顰めれば、目の前に座った不二はわざとらしく肩を竦めた。
大学へ入って一年半、私の周りに男の影が現れることはまだ無い。否、男の影がないというのは嘘である。現に今こうして私の正面で、不二が行儀よく真っ赤なヨーグルトを口に運んでいる。
「それで君はその数合わせで誘われた合コンに、意気揚々と彼氏を探しに行くんだ?」
「痛いところを強調しないで」
スマホの通知が鳴ったのを一瞥したきり、何事もなかったように会話を戻す不二の前で、私は眉間に皺を寄せた。
彼と一緒にいて男運がない、なんて言えば学科中の女子から反感を買うことは間違いないだろう。それでも、それでもだ。私は声を大にして言いたい。
一部の女生徒から冗談ではなく本気で白馬の王子様なんて呼ばれている彼は、本当はかなり頑固なところがある。
甘いものにも容赦なくタバスコをかけるし、弟の話をさせたら一時間は止まらないし、なによりかなり、意地が悪かったりする。だから彼は私に対してはあんまり、優しくない。
「とにかく。今日こそ彼氏を見つけるからね。マジでそろそろ見つけないとヤバい」
「彼氏ってそうやって作るものじゃないと思うんだけどなあ」
「正論パンチやめて!」
不二みたいな、なんでも持っている人間に私の気持ちは分かりっこないのだ。どんなに気になっている男の子がいたって、「でも君ってあの不二と付き合ってるんだよね?」なんてあらぬ誤解をされて相手にされない私の気持ちは。
そっちこそ、私にちょっかいばかりかけてないで彼女の一人や二人作っておけば。と、私が言い返すけれど、不二は空になったお皿の上に視線を落として、喉の奥で間延びした曖昧な返事を返すばかりであった。
結論から言おう。その日の合コンは可もなく不可もなく終わった。
可、というのは、相手側が予約したそこそこお洒落な居酒屋で、そこそこかっこいい人たちが来て、全員一網打尽、というわけにはいかないけれど、一個上の先輩の連絡先を手に入れられたことである。
これならあと少しアタックすれば初デートに漕ぎつけられるとは、恋愛経験の少ない私でも分かった。
不可、というのは肝心な私が別にその先輩を好きではない、ということだ。
こればかりはどうしようもない。私は男を手玉に取れるほど悪女ではなかったし、好きでもない人と付き合おうと思うほど物好きでもなかった。
終電を逃す気マンマンな二次会をなんとか断り、また連絡しますと思ってもいない挨拶をぺらへらと交わした後、ややおぼつかない足取りで私は駅へと向かう。
もうすぐ日付を跨ぐ時間に、国道沿いの人通りは少なかった。
仕方がないからタクシーでも拾おうかしら、なんて電柱に寄り掛かってぼうっと道路を眺めだしたら最後だ。
火照った頬に冷たい夜風が撫でていくのを、私はうとうとしながらゆっくり瞼を閉じかけた。気持ちがいい。心なしか調子もいい。でもこんな時に限って邪魔をしてくるのはいつもあの男だ。
「こんなところで何してるの?」
半分目を閉じたまま、それでも聞きなれた声に私の頭は彼の名前を呼んだ。
「不二」
「こんな道の真ん中で…待って、君どれくらいお酒飲んだの?」
「うーん…二杯くらい…?」
「それってジョッキじゃなくてバケツで二杯?」
風邪引いちゃうよ、と呆れながら不二が丁寧に私のバッグを拾うのを、私はただぼんやりと眺めている。
そうしてしゃがんで、私のスカートの裾に付いた汚れを払った後、不二はおもむろに背を向けた。
「ほら乗って」
「…は?」
「おんぶして帰るから」
なんてことないようにそう言う不二に、私は女子としての尊厳を保つべく慌ててそれを手で制す。
「やだよ!おもいよ!」
「じゃあタクシーも通らないこの道を一人で歩いて帰る?」
「…」
前言撤回。女子の尊厳より自分の身である。
男子の中でもおそらく細身に分類されるであろう不二は、いともたやすく私を背中で持ち上げた。
私をおんぶしたまま歩く不二の足取りはいつもと変わらなくて、実は私ってかなり体重が軽いのかしら、なんて己惚れてしまう。そんなことを口に出せば不二はきっと苦笑しながら「君の体重なら平均くらいじゃないかな」なんて正論パンチが飛ばしてくるんだろうけど。
お腹の奥でふつふつと起こる酒酔いにどうにか知らぬ振りをして、すれ違う車のライトが不二の髪を照らしていくのが綺麗だなあなんて間抜けなことを考える。
私を背負った不二の背中がゆりかごのように規則正しく揺れていた。
「そういえば不二、なんでさっきあそこにいたの?」
「僕もちょうどサークルの飲み会の帰りだったんだよ」
「ふうん…」
冷たい夜風が再び私の頬を撫でていくのを、私は今度こそ微睡みの中を夢見て瞼を閉じる。
「でも不二ってサークルの飲み会なんか、ほとんど行かないじゃん」
よく私を見つけたよね。私がそう呟くのが聞こえなかったのか、はたまた私が先に眠りに落ちてしまったからなのか。
不二は何か言いたそうに言葉を飲み込んで、そしてただ喉の奥で間延びした曖昧な返事を返すばかりであった。