内面を溶かせない絶望(15years old 8/29)

あと百年経ってもお前とは他人同士だということを、きっとあと千年経っても許せない。
「でも夏はもう終わるんだよ」
額に貼りつく前髪に瀬生は口の中で無音の舌打ちをする。脳髄を揺さぶる蝉の声に鼓膜は音律の判断を諦めたようだ。
真南へ昇った日差しに身体を貫かれそうな瀬生の隣で、夏の熱気の隙間を縫って通るような不二の声が穏やかに流れ出した。
「夏休みもあと三日だけど、宿題の進み具合はどう?」
「まあまあって感じ」
突き抜ける青空に負けじと瀬生が応える。宿題なんて心底どうでもよかった。
「あとどれくらい残ってるの?」
「半分くらいかな」
日陰を探して歩く通学路の隅に、干からびた蝉が転がっている。この夏に入って土の上で眠る蝉を見るのはこれで七回目だった。規則正しく振りかざされる足は止まることを知らず、蝉の羽根を砕いていく。軽快にひび割れた音は不二の耳へ届く前に、他の蝉にかき消された。
中学三年生の夏、瀬生は容量を超えた火薬が爆発するのを見た、と思う。こっそり足を運んだテニス部の全国大会、熱気で包み込まれる観客席にまるで他人事とでも言いたげに、彼らの世界がテニスコートの中だけで完結していた。
きっとそこに彼ら以外の誰かが手を触れられることもなければ、触れて汚そうとする気も起こらず、ただ行き場のない羨望だけが空に上げられなかった炎のごとく燻っている。
全国大会の決勝の日以来、瀬生は不二にメールを送ることが出来ないでいた。
「僕の手伝いはなくても大丈夫そう?」
「大丈夫じゃなさそう」
瀬生が冗談のように言えば、不二は小さく笑いながら鞄を握っていた手を離す。「寂しくない?」と聞くのは手を繋ぎませんか、という二人だけの合図だ。
何も言わずに瀬生がその手を取ったのを、不二は満足げな顔をして握り返した。滑らかな肌に汗はない。
優しく繋がれている不二の手はきっと本物ではない、と思う。彼の本物の手はきっとラケットを握っていたあれなのだ。ふざけるな。
「じゃあ明日は部活ないからどっかで勉強しようか。僕の家来る?」
「それでもいいなあ」
繋いだ手が次第に汗で暑くなる。これは瀬生だけの汗だ。止まらない手汗に不二は涼しい顔をしたまま前を向いている。どうやらこの男から手を離す気はさらさらないようで、瀬生は見えないように少しだけ顔を顰めた後、力を込めて手を握り返した。
驚いたように不二がこちらを見たのも束の間、首を傾げて「どうしたの」と小さな子供をあやす様に呟いた。
「別に」
手を強く握って、それでも増えるのは圧迫感だけだ。連れ合った肌と肌が溶けて一つになることなんてない。あってはならない。あってはならないが喉から心臓を差し出せるほどあって欲しい。
瀬生が知った顔で彼の夏に入れるなんてことは未来永劫ありえないし、不二が全部分かった顔で頷くこともこの先きっと無い。愛せど愛せど腹の奥に溜まっていく夏を吐き出せど、分かり合えないことを分かり合ったまま二人はいつか木端微塵になってしまうのだ。
そういうことを、きっともう許せない。
瀬生は更に力を込めてぎゅうぎゅうと不二の手を繋ぐ。これくらい強くしたって壊れやしないだろう。否、これくらいの気持ちは彼に受け止めてもらはなくては割りが合わない。本当に。
「痛いよ」
小さく窘める不二に瀬生は我に返って、そうして涙が込み上げてくるのをなんとか堪えるのだ。
「ごめん、ぼーっとしてて」
受け止めてもらわなければ割りに合わない。でも好きだからお前が本当に困る顔は見たくない。俯いた瀬生に「どうしたの」と不二が声をかける。お前は何も分かってない。
少なくとも心配はかけたくなくて、何でもないと手を離せば不二が離れた手を掴んで言った。
「君は何も分かってないね」
この夏を全て照らした太陽の日差しが肌を刺す。愛する者に与えられたものならば、痛みでさえ喜びに変わるのだろうか。



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