行きついた先は小さな丘のある街だった。学校からほんの五駅離れた駅の改札を出て、僕たちは目下に広がる閑静な住宅街を見渡していた。途中、背中の曲がったお婆さんが店番をしている駄菓子屋で瀬生は二本のラムネを買って、その片方をボクに渡した。半分は土に埋もれてしまった遊歩道を登り切るまで、瀬生がラムネの瓶を首筋にあてて涼んでいたものだから、ボクはついつい自分の分を握りしめて、彼女が飲み切るのを待ってしまう。半分こしたアイスを、甘いものが好きな彼女のために食べないで取っておいた夏の名残がまだ身体から抜け出せていないみたいだ。首元に汗が滲んできた頃、開け始めた視界の中へ飛び込むように瀬生は声をあげて二段飛ばしで階段を上っていく。まだ残暑の残る風が大胆に瀬生の後ろ髪を吹き上げるのを、僕は一枚の写真を見ているような気持ちで見ていた。先を行く瀬生は後ろの僕には目もくれずに丘のてっぺんの一番高いところへ駆け出していく。瀬生の頭の向こうで悠々と広がる住宅街と季節外れの入道雲をぼんやりと眺めて、ボクは持っていたラムネの瓶を無造作に開けた。「うわっ!」一瞬、天気雨が降ったのかと思った。突然噴き出した水しぶきが昼下がりの陽光と相まって、透明なプリズムを作り出す。反射した光が目の奥を刺して、小さく吹いた風に揺れた水滴が視界の向こうを歪ませた。光の向こうで驚いてこちらを振り向いた瀬生と目が合うのを、ボクはまるで映画のクライマックスのスローモーションでも見ているような気持ちで眺めていた。降り注ぐ水滴の向こうに、柔らかい青を湛えた空が見える。次の瞬間、時間は動き出して冷たい水がシャワーのようにボクの腕に降り注いだ。呆気にとられている僕の手の中で、すっかり温められてしまったラムネがしゅわしゅわと小さな音を立てながら白い泡が吹き零れている。「あ〜あ、やっちゃったねえ」くるりと表情を変えてけらけらと瀬生がボクを笑った。そういえば彼女はハンカチを持たないタイプだ。ボクのポケットに入っているハンカチを取り出したけれど、それは運悪く濡れてしまっていて使い物にならない。「何がそんなにおかしいの」眉を顰めて聞くボクに、瀬生は余計なツボに入ってしまったようでついにお腹を抱えて笑いだす。静かな住宅街の広がる景色をよそに、彼女の声は天高く吸い込まれていった。最初はその様子を黙って見ていた僕も、いつもよりワントーン高い瀬生の声に乗せられるように自然と頬がほころんで、喉の奥から小さく笑い声を漏らす。音の隙間に落ちそうになっていたボクの声を一つずつ拾い上げるように瀬生がふと顔を上げた。ボクの目を捕らえたその目じりに涙が溜まっていることに気が付いて、そっと指を伸ばせば瀬生は不規則になった息を整えながら小さく静かな声で言った。「ばかだねえ」言葉と同時に細められた瞳から流れた涙をボクはそっと拭う。砂糖でべたつく手の上をぬるい風が柔らかく撫でて、微かに香った秋の甘い匂いが体温を奪い去っていく。ボクはどうしてか泣き出す寸前の声で言われたその言葉が、なんだか遠回しな告白のように思えて仕方なかった。
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