真昼の海へ男女が二人、手を繋いで入っていく。まるで心中みたいだ、と不二は思った。「心中ではないでしょ」観測史上最も鋭いであろう日差しを律義に頭の上で受けて、瀬生が押し寄せる白波を蹴った。海と空の青は全然別物らしい。遥か遠くの水平線上にぽつんと浮かぶ入道雲の下では今頃、大雨が降っているんだろう。雨ならば夕立に限るな、と考えながら瀬生は不二の手を引いた。「どうして?」「心中って、夏の夜の海でやることでしょ」根も葉もない持論をまるで社会の常識のように語るのを、不二はなるほどと呟いた。夏になれば蝉が鳴くように、夜になれば男女は手を繋いで海へ入る。後ろに広がる松林から、二人の背中を押すように蝉の声が聞こえている。「ところでそれってどこの男の影響?」あなたの香りは誰のものですか、とでも聞く口調で不二が言えば、瀬生はへっと口角を片方だけ上げて鼻で笑ってみせた。「太宰かな」瀬生が不二の手を引く。脛に当たっていた波は段々とその海面を上昇させて、丈を短くした瀬生のスカートの裾を濡らした。立ち止まることなく海の中を進んでいく瀬生の後ろで、不二は次第にその足取りを遅らせて、そしてやがてぱったりと進むことを止めた。ゆるりと繋いだ手と手はピンと張りつめられて、やがて海面と平行線を作る。先を急かすように振り向いた瀬生に不二は優しく笑った。「ボクはその先には行けないな」うねる波は既に瀬生の下半身を飲み込もうとしている。瀬生は少しのあいだ不二の言葉をなぞるように黙っていたが、しばらくして一人で勝手に納得したように頷いた。張りつめた腕が緩む。だらりと垂れ下がった手と手を繋いで瀬生は砂浜へ上った。
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