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 乗っていた商船が海賊に襲われ、命からがら逃げのびてからもう五日も経った。
 備蓄されていた食料もついに今朝底をつき、海水をろ過して飲めるのもあと何回だろうかという状況で、海に投げ出されてから初めて遠目に島が見えてきた。何とか近づこうと全員で試みたけど、もうこれ以上島に近づくのは潮の流れからも難しいということは、誰も言わないけれど誰もがわかっていた。
 もしかしたら助かるかもしれない。と一度考えてからのこの状況は、正しく絶望そのもので。
 ただ、今ここで諦めればもう助からないということもまた明らかだった。

 運がいいのか悪いのか…。でも、どう考えてもやるべきなのが今であることだけは間違いない。
 一つ、小さく息を吐き出してから、うつむいてしまっているみんなに向かって決意を声に出した。

「みなさん、わたしが助けをよびに行ってきます」

 突然そんなことを言い出したわたしに、みんなはとうとう気が狂ったんだと思ったらしい。わたしの顔を見ているみんなからは、かわいそうに、という同情の気配が伝わってきた。
 それはそうだろう。わたしだってこんなことになったのが自分じゃなければそう思ったはずだ。
 でも、そうじゃない。

「ちがうんです。気がくるって言い出したわけではないんです。実はわたし、さっき、悪魔の実の能力者になりました」

 その言葉に、こちらを見ていた同情の目が、驚きに変わった。

「最後に食べたあれが、そうだったみたいで…」

 緊急用脱出船に積んであった備蓄の中に、なぜか紛れ込んでいたりんごのような果物。普通の状況だったら食べないような色と形で食べずに最後まで残されていたそれは、なぜか今朝まで腐ることもなかった。
 どう考えても不気味だし、食べるのか全員で迷ったけれど、ここまできたら食べざるを得ないという結論で、ナイフで均等に切り分けられた。味は吐き出しそうなほどまずかったけど、そんなことできないと意地でも全員飲み込んだ。
 結局一番最初に口にしたわたしが、図らずも能力者になってしまったらしい。

「自分でもどのような力なのかは正直よくわかっていません」

 でも、飲みくだしたあとに頭を襲った激しい痛みの中で得た知識と感覚は、確かに今もこの小さな身体の中にある。

「でも、やれるかもしれないのにやらないわけにはいかないと思っています」

 できるかはわからない。失敗への恐怖もある。
 でもやらないわけにもいかない。やらなければ、結局もうあとは時間の問題なんだから。

「これから、海の上を歩いて、あの島に助けを求めに行ってきます。
くわしく説明するのは難しいので勘弁してほしいんですが、海の上を歩ききれるかどうかは体力と気力しだい、みたいな感じなので、絶対にあの島までたどり着けるとは言えません。それと、能力者はカナヅチになるらしいので、とちゅうでしずんだらダメかもしれません」

 誰かが息を飲む気配がした。

「でも、やってみます。可能性にかけてみたい。だから、」

 一人一人と、きちんと目を合わせ、

「みなさんも、わたしにかけてみませんか?」

 と、精一杯笑ってみせた。

「まだ、あきらめるのを待ってみませんか?」

 いくら悪魔の実の能力者になったって、身体のつくりが変わったって、中身はただの子どもなことには違いはなくて、足が震えるのを悟られないように、ひざに手をそえて立ち上がる。
 すると、わたしをのぞいて唯一の子どもで、ずっととなりに座っていた優しい少年が、わたしの服のすそをつかんでいることに気づいた。
 彼の方が一つ年上だったはずが、今となってはわたしよりも幼いように感じる彼に、できるだけ優しく笑いかけた。

「行ってきます」


 どうか、どうかただの子どものわたしに力を貸してください。わたしの前世さん。
 自信にあふれるようにニッと口角を上げる顔を想い浮かべながら、指を結んで集中力を高めて足の裏に全神経を注ぎ、一歩踏み出した。

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