「困ったなあ」 ジムに入ってきたこの声に視線を送れば、困り顔でポリポリと頭を掻いているヨウが目に入る。 「何がだ?」 片手の指立て伏せを続けつつ声をかける。トレーニング中に発音するのは、より筋肉に負荷がかかって良い。 よくジムを利用している同士、その理屈はわかっている。トレーニング中であることを気にせず、ヨウもトレーニングの準備をしながら問いに応えた。 「この前、プレゼントをもらったでしょ?」 「あァ、頼み券な」 「そう、それ。それを有り難く使わせてもらおうと思って声を掛けるんだけど、みんな使わせてくれないんだよね」 覇気を使えるようになった今でも、吸着するとかよく理屈がわからねェ“ちゃくら”を使って、いつものように天井に逆さ吊りになったヨウは、その状態で腕を組んで、うーんと唸っている。 「それじゃ頼み事にならない、って」 「…おれに言ってきたみたいなことを他の奴らにも言ってんだろ?」 ヨウ曰く“頼み事”をしてきた日のことを思い返して、自然と呆れた声が出た。 ヨウがおれにチケットを使って言ってきた頼みとは、“トレーニングを手伝って欲しい”ということだった。だが、そのトレーニングはおれとっても利のあるもので、“新しいトレーニングを一緒にやっているだけ”で何が頼みなのかわからない。 「ナミとロビンには一緒に買い物したあとお茶をしようって言ったら、行くけど頼みは別にしなさいって言われて…」 「そらそうだろ。頼みでもなんでもねェ」 「サンジには新しいコーヒー豆の試飲を一緒にって頼んだら、試飲はするけど頼みはまた別でしてくれって」 「ソイツは顔を踏むぐらいしても頼みにならねェだろ」 「ウソップには新しい道具を考えてみたから時間がある時研究してみてって提案したら、それじゃおれが楽しいだけだろ、って」 「まさかそれ、似たようなことフランキーにも言ったんじゃねェだろうな?」 「……」 「アホか…」 「だからチョッパーには、一緒にお昼寝して、って言ったんだよ?ちゃんと頼んでるでしょ?」 「でもそれも断られたんじゃねェのか?頼みにすんの」 「…ヨウがお昼寝しようって言う時は、おれが眠そうな時だけだからダメ、だって」 「ちゃんとお前の利になることを頼め」 「…ブルックには、お茶してる時に演奏を頼んだんだ。曲も指定で」 「それ、ブルックにも茶菓子とか用意しただろ」 「したよ。紅茶とクッキー」 言葉もなく、視線で呆れを表現すれば、苦笑を深めている。 「頼み事したらお礼したいんだよね」 「その礼がいらないから“頼み券”なんだろうが」 「そうなんだけどねえ」 わかってはいるんだけど、と苦笑いを深めながら状態起こしのトレーニングを始めたヨウに、そう言えば名前の出なかったやつについて問う。 「ルフィはどうした」 「ああ、ルフィのはもう終わってるんだ」 ほら、という言葉に上を向けば、チケットの綴りを開いて見せていて、確かにルフィの券には本人のサインがあった。 「何を頼んだんだ?」 「サニーに一緒に乗せてくれる?って」 「……これまでも、たまに乗ってなかったか?」 「まあ、そうだね。頼んだことはある」 ルフィのやつ、特に考えずに言われた通りサインしたに違いない。 「ヨウはここにサインした方がいいんだろ?って」 そう言いながら笑うヨウの顔は嬉しそうな表情を浮かべていて、素直にサインした方がコイツには喜ばれるかもしれないと表情には出さずに思う。 そもそも、こんなチケットを使わなくたって、ヨウの頼みなら全員別に断らないだろう。…ナミの、ヨウに頼られたい、という思いは、まあ否定は、しにくいが。 「もう、最終的には、みんなに『大好き』って言ってもらうにしようかと」 「それ、言わせて嬉しいのか?」 「…うーん」 それを言わされたら困る、とは言わずに食い気味に返せば、帰ってくるのはやはり苦笑い。…ではなく、 「言ってくれなさそうなゾロが言ってくれたら嬉しいけどね?」 「はっ!?」 思わず体勢を崩しそうになったのを何とか耐え、頭上で笑い声を上げているヨウを睨みつけるが、ますます笑う声が大きくなった。コノヤロウ。 結局ヨウは、“今からする頼み事を絶対に断らない事”に券を使って、当たり障りのない頼みでサインさせナミに小言を言われながら笑っていた。 「これ自体が宝物だから」 そう言うヨウがあんまり嬉しそうにしているから、おれ達も呆れて笑う他なかった。 「まったく、アンタは私達のことが好き過ぎよ!」 「そんな事ないよ。まだまだ好きになるからね!」 ったく、仕方ねェ奴だ。 |