20周年祝賀小説
 共に歩める奇跡―前日譚―

 波も穏やかな昼下がり。サンジの作った美味しいケーキに、珍しくテーブルに着いていないヨウが淹れた香り高いコーヒーを手に、ナミと贅沢な日常を楽しむ。やはり、今日もヨウのコーヒーは美味しいわ。
 ふと、日常とは少し異なるそれに気づき目を向けた。

「あら」
「ん?どうしたのロビン?」
「ほら、あれよ」
「へェ……珍しいわね」

 私達の視線の先、そこには一匹の鳥がいる。それは新聞を運ぶカモメ“ニュース・クー”よりも大きな、荷物を運ぶペリカン“デリバリー・グー”。
 配達先が決まっているデリバリー・グーは比較的高額なので、ニュース・クーとは違いそう頻繁に見かけることもなく、その目的地になることなどほとんどないと言える。

「そうね。…あら?」
「…うち?」
「そのようね」

 けれど、サニーの上空で旋回する様を見るに、どうやら目的地はこの船のよう。ナミがこっちよ、と声をかければ、その大きな翼を上手く操って近くの手すりに着地した。

「可愛らしいペリカンさんね」
「…え、そう?まァいいわ。うちは“麦わらの一味”だけど……うーん、あってるみたいね」

 首に下げた包みには、麦わらの一味の海賊旗が記されていて、この荷物の目的地がこの船であることを示している。

「良かった〜元払いみたい!」

 荷物に付けられた伝票を確認して上機嫌でサインをしたナミが荷物を受け取ると、デリバリー・グーは再び大きな翼で大空へと飛び立った。
 配達業が発展したのはここ最近のことで、デリバリー・グーを擁する配達業者がどのようにしてこの広い大海原を走る船に荷物を届けているのかは知られていない。
 それもまた大いに気になることではあるけれど、今はそれより先に気になるものがあるわ。

「誰宛かしら?」
「ええっと…“麦わらの一味の皆々様へ”って書いてあるだけで、特定の誰かとは書いてないわ。差出人もないけど……とりあえず開けてみましょ!」
「……ええ、そうね」

 デリバリー・グーが運ぶものにはきちんとした査定があるため、中身に危険物が入ることはほとんどないとされている。そうでなければ、用心深い彼女がこれほど簡単に開けてみようとは言わないでしょう。
 ナミが、小綺麗な包装紙でとても丁寧に包まれたそれを器用に開封する様子を、コーヒー片手に見つめる。手間取ることもなく開けられたそれを二人で覗き込めば、どうやらそうぶ厚くはない本のようだった。

「『麦わらの一味ファンブック』?」
「“この本は敬愛するモンキー・D・ルフィ様と、彼に選ばれた素晴らしい一味の皆様についての詳細とその軌跡について記したものである”ですって」

 海賊に関する情報誌のようなものには覚えがある。海軍が手配書を基に海賊を捕まえやすいようにと作るもので、その内容は犯歴が主。
 それとは別に、どこにも物好きというものはいるもので、海賊についてまとめられた書籍は一定数存在する。しかしあまりにも海賊贔屓の内容だと、海軍に取締られる可能性が高くなるため、淡々と事実が述べられる内容の物が多い。
 けれど、それらと比べると、この本は一線を画しているようね。

「随分、海賊贔屓の内容ではない?」
「海賊贔屓、っていうよりは、ルフィ贔屓って感じよ?」

 “敬愛する”という文句の通り、巻頭から始まるルフィのプロフィールや来歴には、称賛の言葉が多い。この本の著者は、よほどルフィのことが好きみたいね。

「悪意はなく書かれているわ」
「そうね〜。どこで調べたんだか知らないけど、私達のこれまでについて結構細かく書かれてるわよ」
「本当、詳しいわね。ルフィの次は、ヨウ?」
「そうみたい。ヨウがルフィの初めての仲間だったってことも書かれてるわ。一体どこで調べたのかしらね……ん?」

 ペラペラとページをめくっていたナミの手が、ヨウの紹介の箇所で止まる。初めては考えるような表情だったのが、少しずつ目が大きく見開かれていく。何か気になるところが見つかったのかしら。

「ロビン……」
「どうかした?」
「……みんなを集めなきゃ!緊急会議よ!!」
「一体どうしたの?」
「ここよ!ここ、見て!!」

 ナミの指し示す箇所に目を向ければ、すぐにナミが会議を開くと言い出した理由がわかり、私は立ち上がった。

「これは、緊急ね」
「そう、緊急よ!」
「私がヨウ以外に声を掛けて来るから、ナミは先にダイニングへ」
「わかったわ。サンジくんに言って準備しておく」

 そうと決まれば善は急げ、だわ。まずは一人でいるだろうゾロとフランキー、その後は釣りをしているはずの残りのメンバーのところへ。ヨウは頭の回転が速く、先を見越して行動するタイプなので、今からみんなを連れ出す言い訳を考えないといけないわ。

 幸運な事に、ヨウはルフィとチョッパーの昼寝に両足を提供していて動けないらしい。ウソップも釣り糸を垂らしながら船を漕いでいる状態で、ブルックは子守唄のような曲を奏でている。
 私がこちらに来る事がわかっているヨウは、私が向かってくる方向を見ながら唇に人差し指を添えて微笑んでいた。それに笑顔を返してウソップだけ起こした。
「少しだけ人手が必要だから、起きている二人を借りて行くわね」と口を動かせば、唇の動きで何を言っているかわかる彼女は頷いてから手元に目を落とす。あれは確か私が最近おすすめした本だわ。それに少し嬉しさを感じながらまだ寝ぼけているウソップとそれを支えているブルックを連れ立ってダイニングへと向かった。


「さあ、揃ったわね」

 ナミの声に頷く。ルフィとチョッパーがこの場にいないのは、ヨウ足止めの生贄だと伝えてあるので問題ないわ。

「で、急に呼び出して何だってんだ?」
「ええ、時間がないから単刀直入に話すわ。…ここにいる誰かで、ヨウの誕生日を知っている人は挙手して」

 質問の意図がわからないのか、それぞれの頭には疑問符が浮かんでいるような表情だけど、誰一人手を挙げる者はいない。

「そう言えば知らねェな。もう結構付き合い長いけど聞いた事なかったかもなァ」
「ルフィは知らねェのか?一番付き合い長いのってアイツなんだろ?」
「ルフィはそういう事自分から聞くタイプじゃねェよ」
「ヨウはヨウで、そういう事、自分から言うタイプじゃねェしなァ」
「聞きゃァ教えてくれただろうが…」
「ヨウさんはご自分のことには頓着しない方ですからねェ」
「で、それが何だってんだ?」

 察しの良い者は、もう何を言わんとしているのか気づいているのでしょう。顔色が変わっているもの。

「私達もついさっき知ったの……ヨウの誕生日は、3日後よ」
「ええっ!近っ!」
「そんな……!おれとした事がっ、レディの誕生日に気づかなかったなんてっ…」
「3日後って、次の島に上陸する日じゃねェか」
「確か到着予定は夕暮れ時ではありませんでしたか?」
「そうよ、このままのペースで進んだら、着くのは3日後の夕方。でもそれじゃ、ヨウの誕生日を十分に祝えない」
「メシもケーキも、次の島で調達しねェと、材料が足りねェな…」
「プレゼントも用意できないわね」

 誕生日が過ぎてから知ったのでは遅かったけれど、良いのか悪いのか判断しづらいタイミングでもあり、クルーは動揺で騒めいた。
 もちろん、ヨウに聞こえないように出来るだけ声は抑えているけれど。
 そんな中、気持ちいつもより眉が寄っているゾロがナミに視線を向けた。

「で、どうすんだ?わざわざおれらを集めたってことは、このまま適当にやる、って事ァねェんだろ」

 その言葉を待っていた、という表情で、ナミが勝気に笑う。

「当たり前よ!まずは当日の朝には島に着く様に、今から全速力で進むわ!最速最短で島を目指すわよっ」
「クード・バースト用意しとくか?」
「一応ね」

 一応、とは言っているけれど、ナミの表情からは自信が伺える。おそらく使わなくとも間に合わせる算段があるのだわ。

「サンジくんはこれから、どんなものを作るのか、それに必要な材料が何なのか、当日の買い出しにかかる費用を教えて」
「了解だ。任せてくれ、ナミさん」

 サンジの事だから、今も頭の中は料理やケーキのレシピで溢れているはず。だって、料理のことを考えている時の彼は、とても凛々しい顔をしているもの。

「ウソップはこれからプレゼントの用意よ」
「プレゼント?お、おれが作るのか!?」
「そうよ!でも決まってるから心配しないで。それはね、名付けて“ヨウの頼みを断れない券”!」
「いや、名前そのまんまかい!」
「うるさいわね!とにかく、全員分のイラストが……ああ、一人につき一枚で、それぞれに一人ずつイラストを描いてね!それを束ねて渡すから」
「一人につき一度ずつ、ヨウさんからの頼み事を受け付ける、ということですか?」
「そうっ。あの子、気が利くしいろんなことができるから、ついつい頼っちゃうことが多いけど、考えてみれば頼るばっかりで何か頼られたってことあんまりないじゃない?」

 確かにヨウはとても気が利く。痒いところに手が届く、というよりは、痒みを自覚する前にさり気なくかいてくれる、という感じかしら。
 自然とやってくれるものだからつい頼りがちだけれど、確かに私達が彼女から何かを頼まれるということは極端に少ない。
 そう思うのは私ばかりではないようで、目を向ければそれぞれに神妙な表情が浮かんでいる。

「いつも私達の知らないところで動いて片付けようとするのは最早癖よね。まあ、それにはいつも助けられてる、訳なんだけど……。それはそれとして、とにかく、逆に何かしてあげたいとは思わない?でも何か頼って、って言ったってきっとヨウは言うわよ、『いつもわたしは十分頼ってる』とか『お返しされるようなことしてないよ』とか!しかも謙遜でも何でもなく、本気で言ってるんだからタチが悪いのよ……私だってヨウの助けになりたいのにっ」

 力強い演説の最後にこぼれた本音に、私も頷いて肯定の意思を示した。

「ええ、そうね。少なくとも私は、ヨウに助けてもらっている。返せるなら、返したいわ」

 私の言葉への反応は各自異なるけれど、それでもやはり否定の言葉が出てこない事が何よりの意思を表しているのではないかしら。

「よし、じゃあ決まりねっ。ウソップ、頼んだわよ」
「しょーがねェな!このウソップ様に任せておけ!」
「私もイラストを手伝うわ」
「………大丈夫よロビン!ウソップに任せましょ!!」
「………そうだぞロビン!せ、せっかくっからデザインも懲りてェし、おれに任せろって!!」

 そう言い切る二人の勢いにわかったわと返せば、焦りから安堵に表情が変わったみたいだけど……なぜかしら?まあ、ヨウとは同じ部屋にいることが多い私に比べれば、ウソップの方が準備しやすい事には違いない。任せた方が早いのでしょう。
 納得して頷いた私を見てから、さあ、とナミが手を叩いた。

「当日だけど、私とロビンはヨウを連れ出してドレスアップしてくるから、その間に男衆で買い出しと飾り付けはしておいて!」
「わかった!任せてくれナミさんっ!」
「ドーンと派手に飾ってやるぜ!」
「当日の事を考えると緊張で胸がドキドキしてしまいますね〜。あ、私ドキドキする胸ないんですけど!」
「ルフィ達にも言うんだろ?」
「それはそうよ!これから3日間は、私達が出来るだけヨウを引きつける役を買うから、早めにルフィ達には男部屋で伝えて、当日の準備もお願い!ロビンも頼んだわよ」
「ええ、わかったわ」
「よし、そうと決まれば行動開始よ!」

 ナミの言葉に全員が同意したところで、ヨウとルフィ、チョッパーがいるはずの甲板から大きな声が聞こえてきた。声の主はルフィとチョッパーね。

「何?」
「甲板にいるのはみんな能力者だから、誰かが海に落ちたのではないと良いのだけれど」
「不吉な事言うなよっ!」
「ヨウが落ちたらおれが助ける!そして、じ、じんこ、人工呼吸をっ」
「チョッパーがいるだろ脳内ピンク」
「てか何で落ちてる前提なんだよ」
「ヨホホホホ。しかし何やら楽しげな声ではないですか?」

 そんな話をしていれば、大きなドーンという音と共に衝撃が伝わって船が少し揺れた。
 が、その直後聞こえた声は笑い声。

「ええ?!何だよ今の音!?」
「でもこれ、聞こえるの笑い声じゃない?」
「そうね。笑っているから、海軍に見つかったわけでもなさそう」
「何となく安心しずれェ!!」

 そんな問答をしていれば、キッチンの扉が開く。開けたのはチョッパーだった。

「めちゃめちゃおっきな魚捕まえたんだ!ホントにおっきいんだぞ!みんなも解体手伝ってくれ!!…ってあれ?何か相談事か?」
「大丈夫よ、もう終わったし」
「お前らには後で話す」
「それより今は、その大きな魚をどうにかすんのが先だろ?」
「今晩は魚尽くしになりそうだな」
「あ、そう言えば、ヨウが生で食べられるやつならサシミ食べたいって言ってたぞ!」
「…それは叶えてやりてェな」

 ふっと笑ってそう言ったサンジに静かに同意しながら、いつものルフィの笑い声と、珍しく大きな声で笑っているらしいヨウの声に耳を傾ける。

「当日もこんな風に楽しげに笑ってくれるといいわね」
「そうなるように頑張りましょ!」
「ええ、そうね」

 きっと、最初は驚いてポカンとしたあと、溢れるように笑うんじゃないかしら。そんな事を考えれば、自然と自分も笑っていることに気づく。
 こうして仲間のことを祝うことができるなんて、かつての私は思いもしなかったけれど、こんな素敵な日々を過ごせる幸せに、私はまた少し、笑みを深めた。


 それから、このパーティーを開催するに至った原因である本は、『麦わらの一味ファンブック〜第二弾〜』が届くまで、ナミの荷物に埋もれたままになる事は、まだこの時の私もナミも考えもしない。
 あら、ごめんなさい?

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