空気の朗読と詩人

 コルデリアは退屈していた。なんせ、ウェズのもとで死に物狂いに勉強して、ホグワーツの学習範囲などとうの昔に学び終えているのだ。周りは自分より幼い子ばかりで対等な関係ではないし、いくら外見を合わせていても中身が中身なので、同級生たちもなんとなく自分たちと違うのを察して遠巻きにしている。暇ならば色々実験したいところだが、そうすればいよいよ年齢詐称していることがバレてしまいそうで、一人で細々と研究案を書き付けたりして過ごすことが多かった。
 ある日の夕食の席で頬に手をついてはぁ、とため息をつくと、どうしたの?と上級生が心配そうに声をかけてくる。父方の血の影響で、コルデリアは美しい。それこそ絶世の美女、否美少女と言って過言でない。外見と比べて中身があまりに成熟しているのも、美貌に影を落としつつ危うさを演出している、らしい。この前授業で一緒になったココが、コルデリアの評判を色々と教えてくれた。
 コルデリアにとって、こちらも悩ましい問題だった。どこに行くにも上級生の熱い視線が付き纏い、まるで監視されているようだった。今までカトレット邸ではウェズと二人きりだったし、ウェズも一人を好む人だ。人の目を意識することはなかったし、自分のしたいことができない環境が初めてで、コルデリアは戸惑っていた。

「あー、今度の飛行訓練が憂鬱で」
「箒苦手なんだ。良かったら教えようか?」
「ありがとう。でも大丈夫だから」

 適当についた嘘だったが、全てが嘘というわけでもない。これも父方の血のせいで、コルデリアは空に嫌われている。箒に全く乗れないわけではないが、上手とは口が裂けても言えない腕前である。
 これ幸いと、男子学生が身を乗り出してレッスンに誘ってくるが、当然断る。コルデリアが内心、手取り足取り何を教える気だとうろんげな視線を一瞬向けたことにすら、彼は気づいていないだろう。

「でもそういえばカトレットの名前ってどっかで見たことあるんだよな」
「そりゃあ、魔法史やら薬学やらで散々あの一族は出てるだろう」
「いや、そうじゃなくって…」

 今度は赤毛の双子と、その友人が絡んでくる。燃えるような赤毛が代名詞の、ウィーズリー家の二人だ。彼らはイタズラが大好きで、友人のリー・ジョーダンと共によくフィルチに追いかけ回されている。彼らはコルデリアの美貌なんか微塵も興味がないらしく、下心のない目で見てくれる数少ない人たちだ。
 双子らしく同じ顔で、同じ仕草で何やら考え込んでいるので無視して、コルデリアは夕食を食べすすめた。



「あー!思い出した!」
「そうだ!フィルチの罰則の時!」
「「クィディッチ杯のトロフィーを磨いた時!」」

 飛行訓練当日の朝。コルデリアが朝食を取っていると、叫びながら双子がものすごい勢いでやってくるのでちょっと引いた。周囲もなんだなんだと、こちらに視線を向けている。

「この前箒の話してた時、なんか引っかかったんだよな」
「クィディッチ杯のトロフィーにカトレットの名前があったから、コルデリアが箒苦手って言ってた時変な感じがしたんだ」
「ああ、そういうこと。それは伯母ね。マリアベル・カトレット。レイブンクローでビーターをしていて、何度か寮杯を取ってたと思うけど」
「まじか!俺たちもビーターなんだぜ」
「ああ、とても向いてると思うわ」

 ビーターはブラッジャーという暴れ玉から、味方を守りつつ敵の妨害をするポジションで、一チーム二人だ。双子ならではの連携もあるだろうし、何より性格的に非常に向いていると思う。
 双子があまりに大きな声で騒いでいたからか、教員席からフリットウィック先生がやってきた。話を聞いていたのだろう、思い出語りが始まった。

「マリアベル・カトレットですか…。カトレットらしく非常に理知的で優秀な生徒でした。ことクィディッチにおいては、非常に悪辣、あーいえ、テクニカルなプレーを得意としていました」
「(悪辣…)」
「情勢が落ち着いていれば、プロリーグからも声がかかっておかしくない腕前でした。まあ、彼女ならどちらにせよ蹴っていたでしょうけどね」
「(それは確かに)」

 フリットウィックはコルデリアを見て、悲しそうに目を伏せてから教員席へ戻っていった。マリアベルの死後、表向きはウェズが相続した品の中には、コルデリアの実母であるマリアベルの日記がある。彼女はフリットウィックの授業を高く評価していて、よく時間外に学校で学ぶ範囲外のことで彼を質問攻めにしたという。知的好奇心が旺盛なカトレットには珍しくないことだが、きっと寮監としても一教師としても彼は、母を可愛がっていたのだろう。

「おい、マリアベル・カトレットって…」
「シッ。その話しはここでするものじゃない。あー、ハリー、ロン、おはよう」

 ウィーズリーの双子が大きな声を出していたせいか、フリットフィックが話しに入ったせいか、自然と周りにも会話が聞こえていた。誰かが考えなしに疑問を口にしようとしたところで、パーシー・ウィーズリーが嗜めて、丁度大広間に入ってきたハリーとロンに挨拶をした。話しの誤魔化し方が非常に不自然ではあったが、気を遣ってくれたようだ。

「何この空気」
「私の伯母がマリアベル・カトレット…リヴィエールと言った方が分かりやすいかしら。その話しをしていたの」
「マリアベル・リヴィエールってまさか!!」
「ロン!!」

 ロンの疑問にコルデリアが簡潔に答えると、全て分かったのか表情を驚愕に染めた。パーシーが再び嗜めるが、既に後の祭りである。

「その伯母さんがどうかしたの?」
「あー、ハリー、その、なんて言うか…。君のご両親が亡くなった時、不幸なことに居合わせた一家が居たんだ。それがリヴィエール一家」
「居合わせたってことは、その一家もヴォルデモートに?」
「うわっ!だからその名前を出すなって!まあ、そういうこと。ただ、娘のアリアだけは行方不明なんだ。例のあの人が遺体も残らないくらい酷い魔法を使ったとか、色々噂があって」
「ロン!朝食の席だぞ。授業に遅れる」

 ハリーは本当に何も知らないようだった。マグルであるリリーの姉夫婦に養育されたはずなので、魔法界の時事に疎いのは仕方のないことなのかもしれない。しかし、当事者がこれほど知らないのは不自然だ。何より、ハリーのブカブカのシャツや細すぎる体を見るに、碌に面倒を見ていないのは確かだろう。
 10年前のポッター家襲撃事件についてロンが説明するが、それはのどかな晴天の清々しい朝にはふさわしくない。パーシーが更に大きな声で嗜めると、ロンもばつが悪そうに口をはんで席についた。ハリーは不完全燃焼な顔をしていたが、周囲の微妙な空気を察したのか、ロンに続いて席についた。



 午後はいよいよ飛行訓練だ。この授業は二寮合同で行われるのだが、よりによってグリフィンドールとスリザリンである。この寮の確執はそれこそ創始者の代からあり、因縁深い。
 コルデリアが母マリアベルの日記から得た情報では、当時はヴォルデモート卿が覇権を握ろうとしていた背景もあり、スリザリンイコール純血主義、イコール死喰い人であると偏見があった。今でもその偏見は払拭されたとは言い難いが、当時はより過激だった。勧善懲悪を正義に掲げて、グリフィンドールがスリザリンにちょっかいをかけていた。ハリーの父であるジェームズはその筆頭と言えるだろう。
 しかし今こうして直接目にすると、時代の移り変わりを感じる。純血主義であるマルフォイを筆頭に、スリザリンがグリフィンドールにちょっかいをかけている。最近は寮杯もクィディッチも、スリザリンが覇権を握り、グリフィンドールは煮湯を飲まされているし、その辺りで力関係が変わっていそうだ。
 同寮のネビルがマルフォイに虐められている中、コルデリアはそんなことを思案していた。ネビルとは話したこともなくわざわざ庇うような間柄ではないし、虐めに関与する気はさらさらなかった。そんな些事にリソースを割くより、情勢を把握することに費やした方が有意義である。

「やめろよマルフォイ」

 ネビルが箒から落下して、腕を折って泣きじゃくる様子を真似していたマルフォイを、ハリーが牽制した。マルフォイが片眉をあげて、ネビルの落下した辺りで、彼の落とした思い出し玉を拾い上げて弄ぶ。

「返せよ」
「ここまで取りに来てみろよ、ポッター」

 マルフォイは箒に跨って、ふわりと宙に浮く。ハリーが箒に跨ろうとして、コルデリアのルームメイトのハーマイオニーが規則違反だと制止した。ネビルに担当教師のマダム・フーチが付き添っているので、箒に乗ることは禁止されている。ハーマイオニーは真面目なのか、頑なだった。
 コルデリアは静かにハリーの動向を見守る。今までのハリーの印象は良くも悪くも普通の少年だった。ムードメーカーで勇敢なジェームズや、芯が通っていて正義感の強いリリーの面影をあまり感じない。そして二人とも非常に優秀だったのだが、彼はそういうわけでもなく、そういったギャップにコルデリアは少しがっかりしていたのだ。
 そのことをウェズに手紙で愚痴ったら、むしろ普通の少年に育ったことを喜ばしく思うべきではないか?と小言をもらった。人格の形成に深く関わるのは遺伝子ではなく、幼少期の生育環境にあるだとか、要はハリーにジェームズやリリーを重ねて神聖視するのはお門違いということである。もちろん、ハリーがジェームズでもリリーでもないことはコルデリアにもわかっているが、ジェームズの生き写しのように似ているハリーに、思わず彼らを重ねてしまうのは仕方のないことなのだ。

「ハリー!」

 ハリーはマルフォイの挑発に対して、迷うことなく受けて立つことを選んだ。学校の備品の粗末な箒にひらりと跨り、軽やかに宙に浮く。
 まだ授業ではネビルがフライングしたせいで、箒に跨るところまでで宙に浮いてすらない。マルフォイは生粋の魔法族なので箒の扱いに慣れていて不思議ではないが、ハリーはこれまで自分が魔法使いと知らずにマグルの世界で生きてきた。当然、箒は掃除道具で敷かなく、空を飛ぶなんてフィクションでしかないはずなのに。
 バランスを崩しそうになったり、操縦がぎこちなかったりすることなく、自分の手足のように安定した箒さばきだ。思わず見入っていると、マルフォイが思い出し玉を思いっきり投げた。
 綺麗な放物線を描いて、思い出し玉は校舎の塀の方へ落下していく。ビュン、とハリーが風を切って身を翻し、落ちていく思い出し玉目掛けてダイブした。空中でキャッチし、そのまま地面にぶつかる、なんてこともなく危なげなく空中に留まり、歓声を上げたグリフィンドール生に得意げで誇らしげにはにかんでいる。

「ウェズ、確かに性格は遺伝しないけど、才能は遺伝するのよ」

 コルデリアの素の呟きは、周囲のグリフィンドール生の歓声にかき消された。コルデリアはみんなにもみくちゃにされるハリーを遠目から見守ることしか出来なかった。今近くに行ったら、きっと泣いてしまうだろうから。

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