ゆくては果敢ない
飛行訓練の授業での一悶着の後、ネビルに付き添ったマダム・フーチが戻ってくるより先に、マクゴナガル先生がやってきて、ハリーを連れて行った。みんなハリーが退学になるのだと思って、グリフィンドール生は悲壮でなんとかならないのかと縋るような顔、スリザリンは愉悦に浸った顔で二人を見送った。
コルデリアはこの程度の規則違反で退学になることはないのを分かっていたし、マクゴナガル先生がハリーのあのダイブを見ていたとしたら、グリフィンドールの寮監である彼女がどうするかなんて決まっている。
「まさか。なら、君は最年少の寮代表選手だよ。ここ何年来かな…」
「百年ぶりだって、ウッドがそう言ってたよ」
夕食時、戻ってきたハリーとロンが話しているのを小耳に挟み、コルデリアは答え合わせをしているような気分でそれを聞いていた。途中でやってきたウィーズリーの双子が、いつもと違って低い声でハリーを激励しているのを見て、ちょっと意外だと思った。
「じゃあ、俺たちは行かなくちゃ。リー・ジョーダンが学校を出る秘密の抜け道を見つけたって言うんだ」
「それって俺たちが最初の週に見つけちまったやつだと思うけどね。きっとおべんちゃらのグレゴリーの銅像の裏にあるやつさ。じゃ、またな」
彼らが去った後、マルフォイが二人の子分を連れてやって来たので、コルデリアはすっかり興味をなくして大広間を去った。ホグワーツが始まってからの二週間、コルデリアは目立たないように努めていた。しかし、退屈な授業も、話の合わない人間関係も、ホグワーツでの生活全てがつまらなくてコルデリアは限界を迎えていた。
大広間を出たところで、同じく夕食を終えたココに出会った。今日は同じ寮の女の子ではなく、先輩であろう男の子を二人連れていた。
「コルデリア!」
「ハイ、ココ。デート?」
「そんなのじゃないわ!私がマグル生まれで箒に乗ったことがなくって、今日の授業でネビルが怪我をしたって聞いて、怖くなったの。それで、二人に教えてもらえることになったの。セドリックは凄いのよ、クィディッチでシーカーというポジションを務めているんですって」
コルデリアが揶揄うと、ココは白い肌を赤くして強く否定する。事情を聞くと、マグル生まれならば誰もが不安になる状況であろう。マグル生まれでクィディッチシーズンを迎えていないため、ココはシーカーの重要性を知らないはずだが、熱心にセドリックを褒めた。
黒髪でグレーの瞳のまだ少年と青年の移行期に差し掛かった男の子が、照れたように頬をかいた。それを見て、茶色の髪と瞳をしたセドリックと同年代の男の子が、茶々を入れるようにセドリックを小突いていた。
「紹介するわね。ハッフルパフの3年生のセドリックとヒューイよ」
「こんばんは、セドリック・ディゴリーだよ。何か困ったことがあった時、いつでも声をかけて。フクロウを飛ばしたって構わないよ」
「俺はヒューイ。よろしくな」
「コルデリア・カトレットよ」
セドリックは誰がどう見てもハッフルパフ生だろう。真面目で善良で、まさにハッフルパフを体現している。対してヒューイはおちゃらけた面も垣間見えて、ウィーズリーの双子と気が合いそうな感じである。コルデリアは軽く挨拶をして、三人が玄関横の物置部屋から箒を取って校庭へ出ていくのを見送った。
グリフィンドールの寮は東塔の方にあるが、コルデリアは西塔を目指して階段を登っていく。西塔にはフクロウ小屋があるからか、ちらほらレイブンクロー以外の生徒も歩いていて、コルデリアが歩いていても不自然ではない。
フクロウ小屋でも、レイブンクロー寮でもない道を進むと、生徒を誰一人として見かけなくなった。この先は行き止まりなので、それもそうだろう。しかし、コルデリアは確信を持って進んでいく。
「これね」
そこには腕にカラスをとまらせた魔女の像が置かれていた。石像はとても古いもののようで、細かい表情や髪筋、衣服のたるみなどは摩耗してしまって分からない。しかし、腕のカラスだけは精巧な姿を保っており、その目には赤い石が嵌め込まれている。
「我は問う。汝は何を望むか?」
「我はラジエルの書を望む」
「それは如何に?」
「壺中天なり」
「歓迎しよう。叡智への扉は開かれん」
カラスがしゃがれた声でコルデリアを歓迎し、魔女の石像の後ろのタイルが開かれて、螺旋階段が出てくる。螺旋階段をのぼっていくと濃い青の絨毯のひかれた円形の部屋にたどり着く。全ての壁面はハシゴの掛けられた書棚に覆われており、それでも収まりきらない本が隅に積まれている。中央に暖炉と螺旋階段があり、その階段を上ると大きな窓のある部屋につく。本棚や雑貨類を入れる戸棚やデスクなど、書斎のような雰囲気である。隅には埃を被った布に守られた簡易ベッドもあり、仮眠もできそうだった。
ここはホグワーツ創設者であるロウェナ・レイブンクローの実妹、セレナ・カトレットが作った秘密の部屋だ。ロウェナ・レイブンクローと同じく機知に富んだ賢い魔女だったセレナが、自らの一族の者が叡智を探究する巣としてこの場所を築いた。レイブンクローの系譜を辿っているため、こうしてレイブンクロー寮のある西塔にある。入り口の石像はセレナで、彼女の腕に止まっていたカラスは彼女の守護霊であり、カトレット家の家門でもある。
「まずは掃除をしないと、どうにもならないわね」
それからというもの、コルデリアは暇を見つけるたびに西塔を訪れることになる。ただし、授業は出なければならないし、グリフィンドール寮のある東塔から西塔に行くのは結構遠いので、それほど入り浸れているわけではなかった。
コルデリアには気掛かりなことが一つある。ハリーが何かに巻き込まれている感じがしたのだ。コルデリアはハリーのことをいつも気にかけているし、彼らはコルデリアが自分たちの一挙手一投足を監視しているなんて思いもしない。彼らは内緒話をしているつもりでも、いつどこに誰かの目や耳があるかなんて気にしたことない彼らでは、実力のあるコルデリアには敵うはずがなかった。
最初の違和感はハリーが初めて魔法界に足を踏み入れた、彼の誕生日。彼は両親と縁のあるハグリッドに連れられて、ホグワーツで必要になる物品を買いにダイアゴン横丁を訪れていた。ハリーはその時グリンゴッツ銀行でハグリッドが謎の金庫を開けて何かを取り出したのを見たという。そして、先日の日刊預言者新聞には、その日強盗が入ったという。強盗が狙ったのは空の金庫だったといい、特に問題はなくこの件の深入りを控えるべきだと、記事にはあった。ハリーはこの件がつながっていると考えているようだ。
次の違和感は、ダンブルドアが四階の廊下を立ち入り禁止としたことだ。始業式の時に、とても痛い死に方をしたくなければ近付かないように、と注意があった。ホグワーツでは異例の注意に、上級生たちが困惑していた。そしてハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルの四人は、色々あってその四階の廊下に入ったらしい。そこで三頭犬が足元の仕掛け扉を守っていることを発見した。
ハリーは彼の誕生日にハグリッドがグリンゴッツから取り出した何かをホグワーツに移し、それを三頭犬が守っている、と考えているようだ。コルデリアも同様の考えを持っているが、何を、誰が狙っているのか、その目的はなんなのか。それを考えていた。結論を出すには、まだピースが足りない。
杞憂なら良いのだが、コルデリアはそれが波乱の予感であることを知っていた。
ハロウィーンの朝、コルデリアはとても憂鬱な気持ちで目が覚めた。この日ばかりは眠りが浅いどころか、悪夢を見る。まだ全員が寝静まった寮の部屋を出て、コルデリアはシャワーを浴びて城内を散歩した。
魔法使いにとってハロウィーンはちょっとしたイベントで、かぼちゃ料理がたくさん用意されて、食事の席はいつもより豪華になる。早朝であるにもかかわらず、しもべ妖精たちはかぼちゃ料理を作っているようで、城内にはかぼちゃの甘い匂いが漂っている。
コルデリアはホグワーツの裏手から外に出て、外階段をゆっくり降って船着場に降りる。入学の時はこの船着場ではなく、そのさらに奥にある城の地下に直結している方の船着場を使うので、この場所はあまり知られていない。大きな湖が風に吹かれてさざなみを立てるのを、コルデリアは静かに聞いて回想していた。
あの日、アリアはまだ4歳だった。ヴォルデモート卿が強権を誇り、ダンブルドア率いる騎士団がレジスタンス活動をしていた、辛い時代だ。ホグワーツ在学時から交流のあったアリアの両親とポッター家は、魔法族のイベントであるハロウィーンを幼い子供たちが楽しめるようにと、ゴドリックの谷にあるポッター家で集まっていた。
アリアはまだ小さいハリーを弟のように思っていたし、面白いジェームズや優しいリリーも大好きで、そんな彼らの友人たちも愉快な人ばかりで、本当に楽しみにしていた。けれど史実を見ても分かるように、その日のパーティは凄惨なものとなった。アリアは今でも両親やポッター夫妻の死を鮮明に覚えている。あの日嫌というほど見た緑の閃光が目に焼き付いて、キラキラ輝く湖面を緑色にした。
「コルデリア?顔色が悪いけど、大丈夫?」
なんてタイミングが悪いのだろう。セドリックが箒に乗って、コルデリアを見下ろしていた。ハッフルパフらしい彼のことだ、ここで大丈夫と言っても引き下がってくれないだろう。
「セドリック、早いのね」
「え?ああ、うん。クィディッチの練習をしたくて」
コルデリアは話題を変えて気を逸らすことにした。普通に挨拶して見せると、セドリックは少し戸惑いながらも挨拶を返して、聞いてもいない事情を説明してくれる。そういえば、クィディッチに一番力を入れているのはハッフルパフだった。選手に選ばれたとココが言っていたし、こうして早朝も練習しているのだろう。
「スニッチが競技場を飛び出して、こんなところまで探すことになるとは思わなかったよ。でも、コルデリアに会えたのだから、それも良かったのかも」
「そう」
「コルデリアはどうしてここに?」
「やたら早く目が覚めちゃったから、散歩かな。水面って見てると落ち着かない?」
「分かる気がするよ」
コルデリアが悩みを打ち明けないと察したのか、セドリックはそれ以上追求するようなことは言わなかった。ただ、ローブのポケットから小ぶりなリンゴを投げて寄越した。上手にキャッチはできなかったが、投げるのが上手かったおかげでそれはコルデリアの膝におさまった。
「よかったら食べて。今日は忙しいだろうけど、地下にある果物の絵の…」
「梨をくすぐるとキッチンに入れる、でしょう?」
「よく知ってるね」
「カトレットですから」
「なるほど」
実際に、カトレットにはホグワーツを創った時の資料が残されているので、嘘ではない。相続した母の遺品から、学友たちと訪れていた記述があったので知っていただけなのだが。セドリックは納得した様子を見せて、練習に戻るからと飛び去っていった。
飛び去るセドリックを見て思う。ジェームズやハリーもだが、自由に空を飛び回るというのは気持ち良さそうだ。血の呪いを受けたコルデリアには一生経験できないことだが、ほんの少し羨ましくなって鈍い足をさすった。