瞳が映す狂気1



「トウヤくんなんでこんなにかっこいいんかな、人間国宝」

うっとりと熱っぽい視線を画面の向こう側にいるトウヤくんへ送る。通信プレイ万歳。普段はマルチトレインでしかお目にかかることのできない彼。しかも後ろ姿。しかし、通信プレイだと相手が男の子でプレイしている場合は正面からトウヤくんを拝むことができる。
この際、真顔でため息をつく弟なんて無視だ。
確かに、トウヤくんを正面から拝みたいから通信してほしいというお願いを、ため息つきながらも了承してくれたことは感謝している。だが、その可哀想なものを見る目でお姉ちゃんを見るのはすぐにやめていただきたい。

「ああ、ゲームの中に入って生トウヤくんに会いたいな」

ふんと鼻で笑う弟は無視だ。ついでに弟のキュレムの攻撃が当たって、負けてしまったという事実もなかったことに。私の手持ちはまだ育成中だというのに、容赦ないな君。いや、その状態でバトルに誘ったのは私だが。
恋する乙女はハリケーンなの。
声に出して言ってみたが、今度は弟に馬鹿にされなかった。弟は勝つだけ勝ったらそそくさと部屋から出て行ってしまったよ。
次は完璧な状態で挑んでやるからな、覚えとけ!廃人なめるな!これはもう完全に負け犬なんよ。
けれど、普段睡眠時間削ってサブウェイのホーム何百周もぐるぐる回っている私からしたら、育成終わった相棒たちで弟をのすことは決して難しいことではない。今回は卵から孵化させたばかりのモグリューで挑んだから……。進化させてから勝負に臨め。
因みに廃人になったきっかけはトウヤくんと少しでも長くいるため。私健気。……ツッコミがいないと寂しい。

しかたない、この寂しさはトウヤくんにうめてもらおう。
私はポケセンから出てバトルサブウェイへと足を運ぶ。いや、実際足を運んでるのはトウコちゃんだけど。いつもお疲れ様。夜中でも容赦なく孵化作業させてごめんね。今日やりこんだら一旦休むから、明日からはゆっくり寝てくれ。
その分今日はずっとサブウェイにこもってトウヤくんときゃっきゃウフフしようと目論んでいる。トウヤくんとそばにいられるトウコちゃん羨ましい。でも私、トウコちゃんも推しだから、大好きなトウヤくんと大好きなトウコちゃんならむしろイチャイチャしてほしい。なんて素敵な世界だろう。私はその2人を画面越しに眺めているだけで幸せなのだ。
そうこう考えているうちにもトウコちゃんは足を進め、あっという間にバトルサブウェイに着く。そして私はすぐさまマルチ乗り場へ。鉄道員さんにお決まりの言葉を言われ、私もいつも通りの言葉を返す。
これ、現実だったらいつも一人な私、とても可哀想な子では。そう考えると、何だかドット絵の鉄道員さんが私を可哀想な目で見ている気がしてきた。
誤解だよ、友達いるからね。ついでに弟だって言ったら協力してくれるからね。弟といい鉄道員さんといい、そんな可哀想な目で私を見るのはいい加減にしてほしい。被害妄想である。

「《こんにちは サクラちゃん!》」

皆さま、ご注目ください。こちら未来の旦那、トウヤくんでございます。いつも一緒にマルチへ挑んでくれる、最高の旦那でございます。
見目良し、頭良し、気立良しの最高の旦那でございます。気が早いって?いやいや、一緒にトレイン乗って熱いバトルを繰り広げる。それ即ち夫婦みたいなもんでしょう?え、タッグ組んでバトルってそういうことでしょ?相性抜群の二人は体の相性もバッチリ!なーんて。ヒロインがこんなおじさんみたいなこと言っちゃいかんのよ。鈍感でいないとダメなんよ。

「《もしかして今きみは1人?……ならぼくのパートナーになってよ。うんうん、それがいい》」

ちょっと待って、何だかいつもと台詞が違わない?大体言ってることはいつもと変わらないんだけど、言い回しが違う気がする。トウヤくんとのラブラブ時間捻出しまくりの私が言うんだから間違いないのよ。
もしかしてバグ?やめてくれよ、今ここでデータが飛んだら私は3週間くらい塞ぎこんで日常生活に多大な影響を与えてしまう。
自販機で当たりが出ても、この前データが飛んだ不幸の対価がこれか、って落ち込んじゃう。めんどくさい女だな。

「《じゃ、ぼくはどんなタイプになればいい?》」

タイプになればいい、だと?いやだなあトウヤくん。もうあなたは私の好みにドンピシャりだからそのままでいいの。
そういう話じゃないんよ。え、今すべきはポケモンの話だよね。この言い方だとまるでトウヤくん本人が私の望むタイプに合わせて変化するみたいじゃないか。バグ説濃厚?
それとも何戦かしたら台詞変わるのかな。今のところ台詞以外は気になるところもないし、台詞が変わってるのは仕様説。そうか、そうかも。そうであってくれ。

「《わかった、防御重視だね!》」
「《じゃ、はじめよう!》」

今のところデータが飛びそうな感じはしないから、やっぱり何戦かするとところどころの台詞が変わるっぽいな。また後で詳しいこと調べてみるか。

今思えば違和感を覚えた時にすぐに調べれば良かった。それかバグの可能性にかけて電源を落としてしまえば良かった。
後悔したって後の祭りだけれど。


トウヤくんの台詞を読んでからAボタンを押す。その瞬間、DSから目を開けていられないほど眩しい光が溢れ出た。そして突然おそってくる浮遊感。
だがそれも一瞬で、ドサッと冷たい床へ落ちる。あまり高い所からは落ちなかったのか、痛くはない。ただもう何が起きているのか分からない。

「待ってたよ、サクラちゃん」

聞いたことのない声に、ギュッと瞑っていた目を恐る恐る開ける。そこにはよく知る顔があった。いや、よく知るとは言ってもそれはいつも画面ごしで、実物に会うのは初めての。

「トウヤくん?」
「うん」

何てことだ。私の目の前には、あれだけ焦がれていたトウヤくんがいる。しかしそれは現実なら有り得ないことで。つまりこれは夢だと仮定するのが妥当だろう。
だからゲーム内の台詞も変わってたのか。納得。でもそうなるとどこからが夢だったんだろう。多分弟のキュレムにやられたのも夢だな。私の辞書に負けという文字は載せないんだ。横暴。

「やっと会うことができたね」
「ん、ああ、ん?」
「会ってすぐで悪いんだけど、場所、移動しようか」

夢とはいえ、突然の出来事に脳の情報処理が追いつかないでいると、トウヤくんは座り込んでいた私に手を差し出し、立ち上がらせてくれた。
見ましたかみなさん、この王子様のような動きを。流れるように私の手を取ってくれました。日々どんな妄想をしているかがよくわかる夢だな。
ところで、場所を移動すると言ったが何処へ行くのだろう。その前にそもそもここは何処だ。
トウヤくんに手を引かれるがまま移動しつつ、キョロキョロと辺りを見渡す。すると視界に飛び込んできたのは電車。ということは、ここ、バトルサブウェイ?幸せをありがとう私。
そうなると、ここから少し離れたところに立っている青髪のイケメンはジャッジさんかな。きっとそうだよね。私の夢なんだから私の好きな人ばかり出るはず。
少しお話したいんだけどいいかないいよね。だって夢だもの。夢くらい好きなことをさせてくれ。
私はトウヤくんにちょっとごめん、と軽く告げてジャッジさんと思しき人の元へ走り寄る。

「ジャッジさんですよね、あなたは!」
「え、はい、あ、サクラさん!?」

ジャッジさんの口から私の名前が紡がれた、だと?ジャッジさん私のことを知ってるの?大丈夫?さすがにご都合主義が我が物顔で道のど真ん中歩いてない?ぜひそのまま歩いてくれ、なんならレッドカーペットもひいちゃう。

「わ、本当にサクラさんだ!ずっと会ってみたかったんです!」
「私もです!」

手を取り合ってきゃっきゃする私たち。数ヶ月ぶりに会う友人のようだな、初対面なのに。しかもずっと会ってみたかった、って私も罪な女だね。有名人ってことでしょ。設定増えすぎて飽和しない?大丈夫?
そんなことより大好きなジャッジさんにはいろいろ聞きたいことがあるんだよね。何から聞こう。まずはやっぱり厳選の基礎から?少しは乙女らしいことを聞け。

「サクラちゃん」

冷たく、重みを含んだ声で呼ばれ、背筋がひやりとした。私とジャッジさんは取り合っていた手を離す。心なしかジャッジさんの顔が青い。青いのは髪だけにしてくれよな。なんて軽口も言えないくらいに私の鼓動が速くなっている。
今ここで私の名を呼ぶのはトウヤくんしかいないよね。よくわからないけどめちゃくちゃ怒ってるのは分かる、声で分かる。トウヤくん置いてきちゃったのがまずかったかな。普段笑顔の人ほど怒ると怖いんだよな。できれば怒ったトウヤくんは見たくないが、このまま放っとくわけにもいかないので、恐る恐るトウヤくんの方を振り向く。

「なにかな。トウヤくん」
「楽しそうにしてるとこ悪いんだけど、早く行かなきゃいけないんだ」
「あぁ、うん。分かった。ごめんね」
「ううん、こっちこそごめんね」

正直この世の終わりだな、と思うくらい絶望しながら振り返ったが、なんてことはなかった。
トウヤくんは柔らかい笑みを浮かべながらも、どこかすまなさそうにしているだけで、鼓動が速くなるほどの恐怖感を覚えることはなかった。
誰だよ怒ってるのは声で分かる、とか言ってたの。全然怒ってないじゃないか。まあ少しくらいは予定がずれそうなことに焦ってるかもしれないけど、そもそも天使なトウヤくんが怒るわけないのよ。私の夢だからね。私怒ったトウヤくん想像したことないもの。ドキドキして損した。
……振り向いた瞬間、一瞬だけトウヤくんが濁った目で鋭く睨んでいた気がしたけど、すまなさそうにしているトウヤくん見たら、あれは百パー私の気のせいだったことが分かる。だからね、そもそもトウヤくんの目が濁ってるわけがないのよ、天使だから。なんて失礼なことを考えてるんだろうね私は。濁ってるのは私の心だけでいいんだよ。悲しい。

「ジャッジさん、今日はもう行かなきゃいけないんで。良かったらまた今度お話聞かせてください」
「あ、はい!そうですね」

ジャッジさんに向き直ると、彼は何故か震えている。この一瞬でいったい何があった。
れいとうビームでも当てられた?おいおい、いくらバトルサブウェイといえど、人に向けて技を繰り出すのはご法度でしょ。そういうのは、はかいこうせんの彼だけで勘弁してくれよな。

「それじゃあ、失礼します」
「暖かくしてくださいね。それじゃあ、ジャッジさんまた今度!」
「は、はい、それでは」

ジャッジさんに手を振り、またもトウヤくんに手を引かれるがまま歩く。私が初めての場所だから、迷子にならないよう自然と手を繋いでくれるトウヤくん、尊い。この手一生洗えない。汚い。
私がそんなことを考えていると、トウヤくんは急に立ち止まった。やべ、心の声届いちゃった?冗談だからね、手もちゃんと洗うからね。だから毎日手を繋いでくれ。欲の塊。
トウヤくんは私ではなく、ジャッジさんの方へ向き、口を開いた。どうやらトウヤくんは私の心の声が聞こえたわけではなさそうだ。じゃあ手は洗わず取っとくか。汚い。

「ジャッジさん」
「な、何でしょうか」
「サクラちゃんがぼくに防御重視を頼んで良かったですね」
「……!」
「じゃ、今度こそ失礼します」

トウヤくんはそれだけ言ってまた歩き始める。私がトウヤくんに防御重視で頼んだことが何故良かったのだろうか。今ジャッジさんは防御の高い子をジャッジしたいのだろうか。まあ、あまり深く考えてもな。所詮夢は夢。脈絡のないことが起きて当然の世界である。
私は考えることをやめ、トウヤくんに連れられるがまま地上へと上がる階段を上り、外へ出た。地下では分からなかったが、どうやら今は夜らしい。冷たい風が私の頬をなぜて、少しだけ体が震える。
暗闇の中、街灯に照らされたトウヤくんに視線を向けると、彼は怪しげに笑みを浮かべていた。いや、こわ。……こわいって何が?私の直感は先程から失礼極まりない。濁るだの怪しげだのこわいだの。何でそう思ったの。何で……。よくわからんけど夢の中だからか。夢って便利な言葉だな。
それに怪しげに笑うというのはむしろ妖艶な雰囲気が最高だと思うんだよな。いつもなら。
何でこわいと感じたの。

「トウヤくん?」
「ん?何?」
「あ、いや。これから何処に行くのかなーって」
「うん、ぼくの家に来てもらいたくって」

照れくさそうに笑うトウヤくん。まって、やっぱり天使でしたわ。全然怪しくないよ、むしろピュア。年相応な照れ笑い。やだ、かわいい。トウヤくんのかわいさを前にしたらIQ砂になっちゃう。
何度こんな素敵な夢を見ることができる自分の妄想力に感服しただろうか。大好き自分。
先程感じた恐怖もどこへやら、今はただこの幸せを噛み締めるばかりである。推しの笑顔が私の幸せ。

「今からぼくのポケモンに乗って行くんだけど、高い所を飛んでる時に恐怖で気を失ったら危ないから、着くまで寝ててもらえる?」
「うん、分かった。あ、でもすぐには寝れないかも」

いくら睡眠大好きな私でも、寝ろと言われてはい分かりましたグーなんてできない。おやすみ3秒ができるのは、世界広しといえどのび太くんだけだよ。
因みに横になってすぐ寝ちゃうのは気絶らしいよ。

「大丈夫。サクラちゃんは目を瞑って」
「え、うん」
「そう。それじゃ、おやすみ」

トウヤくんのその言葉の後、すぐに心地良い歌が聞こえる。こ、これはポケモンの技、うたうだな!アニメのような展開だね。
……まって、なんか準備よすぎじゃない?
その考えを最後に、私は意識を手放した。


もし恐怖を感じた時にすぐ逃げ出せば、自分のいた世界に戻れたかもしれないのに。




 

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