次に目覚めた時、辺りは暗闇に包まれていた。大分眠った気がするがまだ夜なのか。
そういえばさっきトウヤくんの夢を見たな。幸せな夢だったのに、目覚めてしまったのか。もう一度寝たら続き見れないかな。
最後夢の中でも眠っちゃったのは勿体なかったな。もっとトウヤくんとお話していたかった。夢ってどうも思うようにいかない。よく推しのコンサート行く夢見るけど、大体いつも2階席から手を振っているんだよね。夢の中くらい推しの恋人ポジションでもいいのに。それかせめて最前席でもいいのに。根っからのファン気質が邪魔をする。悔しい。
そんなことを考えているうちに、大分暗闇に目が慣れてきた。部屋の様子もぼんやり分かる。
が、ここでおかしなことに気づく。
もしかしてここ、私の部屋じゃない?私の部屋には机や鏡などの必要な家具に加え、かわいいかわいいポケモンのぬいぐるみたちなどがある。もっと言えばいつ推しが遊びにきてもいいように、いい香り漂う乙女の部屋になっている。今のところ推しが来たことも来る予定もない。無念。
それに比べてこの部屋は、いい女のいの字もないひどく殺風景な部屋だ。かわいいぬいぐるみはおろか、家具すら見当たらない。刑務所の方が家具があるのでは?
ということは結局ここはまだ夢の中か。またさっきの続きが見れているといいんだけどな。
でも、こんな殺風景な部屋にいるって、ホラーな展開になるのでは。なんで夢の中で恐怖体験しないといけないんだよ。アンビリーバボー。
そう嘆いていると、突然部屋の扉が開いた。開けられた扉から差し込んだ光に目を細めながら、そこに立つ人物を見やる。まじでゾンビや殺人鬼は勘弁してな。

「あれ、トウ、ヤ、くん?」
「あ、起きたんだ」

こちらからだと顔は影っていて見えないが、このシルエットはまさしくトウヤくん。シルエット博士も嫉妬しちゃうほどの素早い判断であった。
それに加え、その声には聞き憶えがあった。驚懼の中にも、私は咄嗟に思いあたった。その声は、我が友、李徴子ではないか?トウヤくんは虎ではない。
トウヤくんの前で寝転がっているのは一乙女として恥ずかしいので、すぐに体制を起こし布団から出ようとする。私のその動きに伴い聞こえてきたのはジャラッという金属がゆれる音。この布団パンク仕様なの?チェーンジャラジャラつけてるの?もしかして端っこはトゲトゲしちゃって、ネズさん仕様になってる?
まだ見ぬパンクなジムリが脳をよぎった。
ところでそんな冗談はさておき、ジャラッという音の鳴るものは、布団に引っ付いていたのではなく、どうやら私の腕に繋がっていたようだ。やっぱりホラー夢かよ。実はトウヤくんもゾンビになってたとかそんなことないよね?大丈夫だよね?いくら大好きなトウヤくんでも、ゾンビに噛まれるなんて、いや、トウヤくんに噛まれるなら有りだな。トウヤくんに限りゾンビ有りだな。恋する乙女は盲目である。

突然トウヤくんが扉側のボタンをパチリと押し、明かりをつける。
急に光を取り入れた目は、眩しさにぼんやりしてしまうが、少しの間瞬きをすると徐々に慣れてくる。少しずつ見えてきたのは、やはり殺風景な部屋と、私の記憶と違わず、いやむしろそれを超えるほどのイケメントウヤくんの姿である。よかったゾンビでも虎でもなさそう!どこも崩れていない美しいご尊顔です最高。
喜んでるけど視界の端にはしっかりと私の腕につけられた鎖もとらえた。ホラーの可能性が私を抱きしめて離してくれない。
鎖に繋がれるなんて人生で初めてである。普通はないよこんな経験。まったく、鎖でベッドに繋がれるなんて……。なかなかえっちじゃん?言ってる場合か。

「ごめん、トウヤくん、この鎖ってはずせるかな?」
「何で?」

何で、とな?そんなに純粋な瞳で私を見つめないで。私が間違ってるみたい。え、もしかして私が間違ってる??ベッドに繋がれることが人類のアドバンテージだったっけ?私が知らないだけ……?
いや待て、知ってるよこのシチュエーション。もしかしてこの後私をどちゃくそに抱くんでしょ!エロ同人みたいに!!そう、エロ同人みたいに!!ここに来て私とトウヤくんの関係が二階席から彼女ポジションに昇格した?最高な夢だ。
いやいや、待てよ、いつからトウヤくんに抱かれると錯覚していた?もしかしてモブおじさんに抱かれてそれをトウヤくんが見てるとかむしろ放置プレイとかそんなことになる可能性も無くはない?自分の夢なのに??そんなひどいことってないよ……。
詳しいことはよく分からないけど、どのような意図を持って鎖に繋がれたのか分からない限り、安心はできない。今何となく確定しているであろうことは、ここに私を繋いだのはトウヤくんだということ。ふーん、えっちじゃん?だから言ってる場合じゃない。

「ぼくさ、サクラちゃんにどのタイプになればいいかって聞いたよね」
「唐突!え、どのタイプになるかなんて聞かれたっけ?」
「サクラちゃん、防御重視がいいって言ったよ」
「防御重視、ってあ、マルチトレインの件か!それは確かに言ったね」
「だからだよ」
「うん?」

だからだよ、って、だから君は繋がれてるんだよ、ってこと?防御重視を頼んで何故こうなる。
私が攻撃しないために鎖で繋いでるとか。それで自分を防御してるって?そんなに私血の気多くないんだけど。確かにタイプ相性より力でごり押しするところがよくあるけど。ダブルとかだと浮いてるポケモン必ず連れてもう1匹に「じしん!じしん!じしん!」でゴリ押ししてた時もありました。脳筋?
しかしポケモンバトルに限りで私自身はそんなことしません。

「サクラちゃんが他の奴等に狙われないよう、ぼくがこれからずっとこうやって防御してあげる」

あ、そっちか〜。私のことを防御してくれてたのね。ところでこれ防御っていうか監禁では?
確かに完璧な防御だよね。外からの情報を断ち切って、鎖で繋いで逃げられないようにして。でもそれって、怖すぎない?監禁されるんだったら攻撃重視にしてもらえば良かった。くそ、選択ミス。
因みに攻撃重視だと、ガンガンに攻めてくれるのかなトウヤくん。今夜も寝かさないよ?って?かーっ、やっぱり攻撃重視にするべきだったよ私。欲望ダム決壊だよ。

「あぁ、因みに攻撃重視だったらサクラちゃんに近付く奴みんな殺しちゃってたけどね」

ぼく的にはそれでも全然いいんだけど、と笑顔で言うトウヤくんにヤンデレみを感じて驚きを隠せない。天使どこいった。攻撃って比喩じゃなく本当の物理アタッカーじゃないかこわい。
そういえばジャッジさんと話した時、防御重視で良かったね、と言っていた。それはこういう意味だったのか。私の選択は全く間違っていなかった。危うくジャッジさんが殺されるところだったよ。私は大切な命を守ったのね。
そもそも何でポケモンでそんな命がけの話になるのよ。いや、それは昔からか。人に向かってはかいこうせん打つ危ないやつもいたもんな。それがチャンピオン。
それにしても、私の想像してたトウヤくんと大分違う。自分の夢だってのに理想と違うなんて。まだまだ私も妄想スキルが足りないようだ。……いや、ヤンデレトウヤくんの夢を見ているあたり、逆に妄想スキルは十分に備わっているのかもしれない。普段見ないジャンルも開拓するなんて。才能は隠せないね。すぐ調子に乗るのどうにかしたほうがいい。

「あまり怖がってないみたいだね。もしかして監禁されるの好き?」
「そんなばかな」

まず好きとか嫌いとかの前に、監禁されるという経験自体が初めてだよ。初めてされた感想としては、これトイレ行きたくなったらどうするの?って気になるかな。いや、わかるよ、そういう段じゃなくて、もっと監禁される日々に恐れ慄くとか悲しむとかそういう場面なんだろうけど、これ夢だからね。夢の中で夢と自覚してしまったから恐怖ではなく、純粋な疑問が浮かぶのよ。トイレはここでしてね、って言われたら恐れ慄くけど。

「それとももしかして、夢だと思ってる?」
「え?まあ」
「サクラちゃん、残念だけどコレ、夢じゃないよ」
「はあ……」

そういう夢か。だってこれが現実だったらとんでもないことである。ゲームの世界に入ったってことでしょ。そんな馬鹿なことがあるわけない。バーチャル映像で入った気分になれるというのではなく、実際に体がゲーム機器の中に入るだなんて。
もし、もしだよ、これが夢じゃなければドッキリとか?私ユーチューバーでもなんでもない、しがない学生なんだけど。どこからのドッキリ??もしかしてモニタリング??

私がキョロキョロと素人感ダダ漏れでカメラを探していると、トウヤくんが近づいてきて私のいるベッドに腰掛けた。

「ぼくさ、ずっとこうやって会えるのを楽しみにしてたんだ。サクラちゃんがぼくに会いにきてくれる度、実際に会ってみたくって。だからさ、もう帰さないよ。サクラちゃんもぼくに会いたいって言ってたから、問題ないよね」

もしこれがモニタリングなら、もう少し純粋なトウヤくんを地上波に流してほしいんだけど。少年少女がショック受けちゃうし新しい扉開かれちゃうよ。今日はヤンデレ記念日だね。

「あれ、震えてるみたいだけど大丈夫?そんなに怖がらなくても、ぼくがずっと側にいてあげるからね」

いや、全然怖くないはずなのよ。だってこれ、何度も言うけど夢かモニタリングかでしょ?この震えも大好きなトウヤくんとそばにいられることへの歓喜からだから。そのはずなのよ。
けど、私の第六感が危険信号出してるみたいで寒気まで覚える始末。
え、もしかして……もしかしてなんだけど家に帰れない可能性ある?

「サクラちゃんのぼくに会いたいって望みは叶えたよ。今度はぼくが望んだように、サクラちゃんはここにずっと居てね」

トウヤくんに優しく頬を撫ぜられる。
なんとなく、もう逃げられない気がする。
トウヤくんの歪んだ瞳には、絶望した少女が映っていた。



(これが夢だったら……)
(後悔しか残ってない私は、今日も暗い部屋でトウヤくんからの歪んだ愛を受ける)

2013.02.06



 

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