アダムとイブは救われない1



ちょろい。携帯の画面を見て、重いため息を吐き出した。

元彼と会う約束をしたのはもう何度目か。相手から会おうと連絡がきて、私は二つ返事で応じる。それを別れてから半年以上経っている今日まで、懲りずに何度も繰り返しているのだ。これがよい友達として会うのならば何も問題はない。けれど、友達は友達でも都合の良い友達。所謂体だけの関係である。更に悪いことには相手には彼女がいるということ。直接告げられたわけではないが、お風呂を借りた時に彼の家の洗面台に小さな赤いハートのピアスが置かれているのを見て、そういうことなのだろうと察した。そのこと以外に特に彼女を匂わせる出来事はなかったが、都合の良い女でも私一人だけならそれでもいいと思っていた矢先の出来事だったため、ダメージはなかなか大きい。彼が見ていないことを確認して、モヤモヤとした気持ちと一緒にそのピアスを洗面台へと流した。

そんな腹いせをしたって何も解決しないし、頭の中ではこの関係を断ち切らなければならないことは分かっている。しかし、心はそう簡単に言うことを聞いてはくれない。

まだ好きなのだ、彼のことを。

別れたきっかけも喧嘩別れや浮気ではなく、相手に結婚願望がなかっただけ。結婚願望の強い私のことを考え、お互いのためにも別れようと彼が切り出し、一年の交際を終えた。それから半年と少し経った私の誕生日、彼から「おめでとう」と「会いたい」のメッセージをもらった私は、誤魔化し続けてきた欲望にのまれ、少しの期待と抑えきれなかった未練を抱き、会ってしまった。それから半年も人には言えない関係を続けるなんて。

はあ、ともう一度ため息をつき、支度を終えた、鏡に映る自分を見る。念入りにメイクされた私。彼にもらったグロスで光る桜色の口元は緩んでいて、これから会うことに心躍らせているのが伝わってくる。情けない。いつからそんなちょろい女に成り下がったのよ。好きだと言われなくても、都合のいい女でも、それでも彼と繋がっていられるならなんて。本当はもっと確実な証が欲しいくせに。一言付き合ってって言えばいいのに。言えないのは、言わないのは、それを言ったらきっと終わってしまうもろい関係って分かっているから。ああ、なんてつまらない女。

手の中で揺れた携帯電話が「着いた」のたった三文字を告げる。私は鞄を手に取り家を出る。その時に見た鏡の中の女の口元はやっぱり緩んでいて。
救いようのないその女に私はフッと馬鹿にした笑みをこぼし、目の前にとまっていた車に足を伸ばした。



 

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