行こうよ カナワのまち




「暇だ」

仕事の最中についつい口から漏れた言葉。
平日ということもあり、人っ子一人来ないカナワタウン行きのホームは、閑散としている。
通常、ホームの受け付けはBPと商品の交換をするために二人体制で行っているが、このホームでは私一人で受付業務を行なっている。そりゃこれだけ閑古鳥が鳴いていたら、ここに人員を割けないよね。
バトルサブウェイでは通常の電車をご利用のお客様に加え、名物であるバトルを目的としたお客様が多くご利用になる。それだけでもうたくさんの人手がいる。また、お客様の中には我らがボス、サブウェイマスターに会えずしてトレインを降り、その鬱憤をあちらこちらで発散する理性をサヨナラバイバイした人も一定数いる。そういった時の人員も必要だということもあり、カナワホームの受付はいつでも私1人。
別に業務自体は1人で構わないのだが、この暇な時に話し相手がいないことが最大の苦痛。女子高生か。
1人孤独しんどいとこれだけ言ったが、厳密に言うとすぐ近くに鉄道員は1人いるため、普段は2人。
が、今はいないのである。暇すぎて飲み物を買いに行った。 もちろん私の分もしっかり頼んでおいた。モーモーミルクたっぷりココア。疲れた時には甘いものだよね。疲れるほどトラブルもなかったけど。
ほんの少しの時間なのだが、私以外1人もいないと、暇で暇で時間が経つのも遅い。まだかな私のココア。

「すみません」
「え?あ、はい」

カウンターに肘をつき、その手の上に顎を乗せているという、受け付けにあるまじき態度のところへお客様が来られた。
はい、明日の朝礼で怒られる。お客様の声に、カナワ行きの受け付けの態度が非常に悪く〜とか書かれちゃってそれを朝礼で読まれちゃう。せめて書くならカナワ行きの〜とか書かずに、美人でスタイルのいい受付のお姉さんが〜って書いてくれよな。それでも一瞬で私ってバレちゃうな。自己肯定感がとどまることをしらない。
ひとまず慌てて体制を立て直し、マニュアル通りの言葉を発する。

「こちら、カナワタウン行きのホームです」
「あ、はい。知ってます」

そうだと思うよ?知ってるもんだと私も思ってるよ?けど、知ってますなんて言葉は胸にしまっておくものなのよ少年。
そもそもこのマニュアルがおかしいんだよ。今のセリフしか載っていない。もはやマニュアルではない。
迷子の対応の仕方とか、何か他にも載せるものあっただろうに……。カナワの受付に対して待遇がひどいと思うの。何かあったら全部私任せっていいのかバトルサブウェイ……。まあ?私が眉目秀麗で頭の切れる最高の受付だから、ついつい頼っちゃうのもわかるわ。前向きな生き方心がけてるの私。倒れるなら手をつくなら前だって決めたんだ私。私に主人公のような輝きはないけれど。
まあ冗談はさておき、目の前の少年の対応をどうにかしなければならない。あまり変なこと聞いてくれるなよ少年。もう少ししたらココアが帰ってくるから。駅員とティータイムきめ込もうとしてるのよ私。そっちの方が朝礼で怒られる。

「失礼しました。どうされましたか?」
「僕はトウヤ」
「トウヤ様でございますね」
「様だなんて他人行儀なのやめてよ、サクラちゃん!トウヤでいいよ」
「えっと、それではトウヤくん、かな?」

何このフレンドリーな子、フレンドリーショップの店員ですらここまでフレンドリーじゃないよ。カントーだったかどこかのフレンドリーショップの店員はすごく気さくというか遠慮がないと風の噂で聞いたことがあるけれど。
というかそもそもお客様の名前を呼び捨てで呼ぶなんてできない。いくらか面識のある人物なら別だが、初対面の人を仕事中に呼び捨てできないよ。
……あれ?初対面だよね?そういえばナチュラルに名前にちゃん付けされたけど。いや、名札をつけているのだから名前を呼ばれること自体はおかしくないのだが、何故ちゃん付け。
……これが少年のデフォなの?そういえば私の姪っ子も私のことをちゃん付けで呼んでいたな。もちろん身内だからということもあるだろうが、子どもからしたらある程度若い人は基本ちゃんとかくん付けなのかもしれない。納得。

「呼び捨てでいいんだけど、まあいいや。ところでサクラちゃん、今夜あいてる?」
「終電すぎくらいまではここも開いてるよ」
「そうじゃなくて。今夜、サクラちゃんと一緒に過ごしたいなって」
「……」

最近の子はませている。私が旅に出た10歳の頃は、短パンでアミ持ってアロマな香り漂わせてたよ。欲望を詰め込みすぎ。実際はよくいるミニスカートとして旅に出てた。
そういえば10歳といえば、最近10歳の子がチャンピオンになったとかいう話も耳に挟んだ気がする。残念ながら私はバトルサブウェイに勤務していながら、そこまでバトルに熱狂的というわけではない。そのため新チャンピオンなどもあまり興味を持てず覚えていないのだ。……あれ?チャンピオンに勝っただけでチャンピオンにはならなかったんだっけ?分からん。こんなんでよくバトルサブウェイに勤められてるな私。いいんだカナワホームだから。
で、何の話だったっけ。今夜地球が滅ぶって話?初対面で話す内容じゃない。

「ねぇ、サクラちゃん。今夜サクラちゃんの家にいってもいいかな?」
「え、そんな話だったっけ?お母さんが心配するからダメだよ」
「大丈夫だよ。僕、旅の途中だし」
「でもね、もし何かあったら大変でしょう?例えば私の家に泥棒が入っちゃった時、怖い思いしちゃうよ?」
「僕が守るよ。実力はあるんだ」
「でもね、世の中にはもっともっと強い人もいるんだよ。例えばチャンピオンやうちのサブウェイマスターとかね」

やっぱり子どもは子ども、井の中のニョロトノである。チャンピオンもうちの上司であるサブマスのお二人も、多くの人の憧れであり、そう簡単に倒すことはできない人物である。むしろ対峙することすら難しい。だからそのような人たちと対峙してみないうちには、自分が一番だと思ってしまうのだろう。かわいいじゃないか。

「あぁ、それなら大丈夫。僕、ノボリさんとクダリさん、あとチャンピオンのアデクさんにも無事勝利をおさめてるから」

え、この子そんなすごい子なの?我らがボスだけでなくチャンピオンにも?いやまて、それならもっと有名になってるはずでしょ。それなのに私が知らないなんておかしい。……あれ?まって、もしかして知ってる?名前とか顔は知らないけど、そういえば10歳でチャンピオンになったって話題あったな?え、それこの子なの?大丈夫、こんなところにいて、いや、それだけ強いならバトルサブウェイにいてもおかしくはないんだけど、ここカナワ行きのホームよ?場所間違えてる?いや間違えてないのか、結構冷たい感じで「知ってます」言われたもんな。古傷抉られたわ。

「ね、これなら文句ないでしょう」

にんまりと笑う少年にこちらは笑顔がひきつる。少し前まで暇を決め込んでいた私は幸せ者だったんだなあ。話し相手がいないのが何さ、まさか職務中に年下男子しかも上司より強いにナンパされることに比べたら幸せな時間でした。なんなん、この子、オモシレー子ども。それを言われるのは普通ヒロインでは。私ヒロインじゃなかったのか。無念。

とりあえずはやく鉄道員帰ってこい。


(ただいま、サクラ。っと、失礼しました)
(サクラちゃん、誰?彼氏?)
(え、いや、同僚だけど)
(ふーん。でも呼び捨てなんだ。ふーん)
(ジリリリリリ)
(あ、これよりカナワ行きの電車が参ります!)
(ちっ。まぁいいや、また僕がカナワから帰ってきて、サクラちゃんの勤務時間が終わったらサクラちゃん家に行こうね)
(今うち隕石当たって壊れてるの。だから無理だね)
(〈ドアが閉まります。ご注意ください〉)
(アナウンスでよく聞こえなかったな。また後でね!〈プシュー〉)
(ああ、逃げたなあのオモシレー子ども)
(え、俺がいない間何があったの)


2015.12.08



 

backtop