特別な私たち



見えない見えない。見えないふり。私の得意分野。それなのに、ああ。見てしまう追いかけてしまう。
悪い奴じゃないもの。少しくらい。
いいえダメよ。それで今までなんども痛い目にあったでしょう。諦めなさい。
なんて、そんな簡単に飲み込むことなんてできないのに。


何で私だけ。望んだことじゃないのに。
物心ついたころからずっとその思いが私を付き纏う。
それまでだって、ずっと見えざるものが私には見えていた。私にとっては見えることが当たり前で。一緒にお話ししたり、遊んだり。けど、見えることは普通じゃない。私を見る両親の目、友人の目、世間の目がそのことに気づかせる。それだけじゃない。見えることは特別なこと、それはある日、見えざるものに追いかけ回され死の淵に追い込まれた時、やっと私は気づいたのだ。
自分を見てくれるものを見つけた時、見えざるものはそちらへ取り込もうとしてくる。みんながみんなそうではない。だが、そういうやつも一定数いるのだ。見えることをみんなに、そいつらに気づかれてはいけない。私が普通に生活を、いや、生きていくためにはそれを絶対に忘れてはいけない。
そう幼少期に強く誓ったというのに。

私は彼が気になってしょうがない。
もしかすると彼もとっても悪いものかもしれない。けど、誰かを貶めようとする禍々しい感じはない。それならば、声をかけてみてもいいのではないか。
昔痛い目を見ていても、抑え切れそうにないこの感情を抱くのには理由があって。別に命の危機を救ってもらったとか、そんな特別なことはない。
ただ、入学したあの日、トイレの窓から憂いを帯びた表情で外を眺める彼に、一目惚れをしてしまったのだ。

なんて美しく、はかない人なんだろう。

絶対に抱いてはいけない想いなのに。
けれど少しだけ、一言二言の言の葉を紡ぐくらいなら。
この願いは叶わなくてもいい。叶えてもらおうだなんて烏滸がましいことも考えていない。
ただ、一瞬でもあなたの存在を感じたいだけ。

静かな場所だからか、コンコンコンとノックした音は思いの外響いた。

「花子さん、花子さん。いらっしゃいますか」
「……はー、あー、いー」

ギィィっと少し開いた扉から覗く白く柔らかげな手を視界で捉えただけで華やぐ心。
体がまるごと心臓になったかのようにドクンドクンと脈動を感じる。
ついに、会える。

しかし開ききった扉の先には誰もいない。
噂は嘘だったの?こうしたら会えるって聞いていたのに。それなら他にどのようにすればあなたに会えるの。私はあなたの顔を近くで拝むこともできないの。見たくないものは勝手に見えてしまうのに、見たいと望むものは見られないの。
高揚から一転、動揺で尚も激しく脈打つ心臓は、このまま勢いづいて張り裂けてしまいそうだ。

「こっちだよ」
「えっ?」

ぽんと肩に置かれた手に、耳元で聞こえる声。それは私が焦がれていたもので、それがこんなにそばで聞こえて、肩にも触れてもらえて。

「ひっ、好き」
「へ?あ、ちょっと!」

人は嬉しすぎると意識が遠のくらしい。
さあっと血の気が引く感覚と目の前が白くなっていく中、私はもう一度はっきりと彼に好きと伝えたところで、意識を手放した。


目が覚めた後、私を覗き込みながら「聞き間違いじゃなかったら好きって言われた気がしたんだけど、そうなの?」ともごもご喋る彼に、たった少しだけ話すつもりだった私の意志は塵となって飛んでいった。


(好きよ好きなの)
(あなたと歩んで行きたいの)


2024.1.19



 

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