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0101
Fri

はじめに


Twitterで投稿したお話とかのまとめ。主人公は“なまえ”で固定です。


0623
Tue

浅倉透


のまれると思った、波みたいに。
浅倉はこっちを向いて、その海のような瞳をまたたかせて、わたしは口をつぐんでしまった。ファインダーをのぞきこんで、浅倉を見る。幾重にも折り重なった波がおおうように、わたしは動けない。浅倉が薄くわらって、息の仕方がわからなくなる。
飛沫をあげて、シャッターを切った。


0928
Fri

周防桃子


なまえさんが今日が誕生日なのは、もうずっと前から知っていたことだけど、結局何もプレゼントは用意できなかった。なまえさんは桃子よりも年上だし、どういうものをプレゼントに贈れば喜んでくれるのかわからないから。
もうすぐなまえさんが帰ってきてしまうから、急いで近くのケーキ屋さんに入ったけれど、なまえさんが好きなスイーツはなんだっただろうか。いちごがのったショートケーキ、クリームたっぷりのチョコレートケーキと、さっぱりとしたチーズケーキと、粉砂糖のかかったシュークリームやプリンたち。色とりどりのスイーツが並ぶショーケースの中、一際目を引いたのはフルーツがたっぷりとのったタルトだった。
「フルーツタルトと、ショートケーキ。ひとつずつください」
つやつやとしたタルトといちごのショートケーキが向かいあわせで詰められていく。なまえさん、喜んでくれるかな。


0807
Tue

キャサリン


「あ、夜煙姉さんだ」
「アンタ……なんでここにいんのよ……」
「なんでって、そりゃあ盗みに来たからですよ。姉さんもですか?」
「……そうよ。アンタ、どこから依頼されたの」
「姉さんに依頼の手紙を送ったあとに出会ったんです。なんだかとっても泣きそうな顔してたから、助けてあげたいと思って。あ、お金は要求してないから安心してください」
「ずいぶんと生意気になったのね。私の獲物に手を出すなんて」
「獲物だなんて! 人助けのためにやってる盗みのこと、そんなに悪い言葉で飾らなくてもいいんじゃないんですか?」
「私は私のため、報酬のためにやってるのよ。こんな汚いこと、人助けのためなんかでやるわけないじゃない」
「姉さんってば強情〜そういうところも好きですよ」
「……それで、目的のものはどこにあるの」
「私のこと頼ってくれるんですか! やった〜! え〜っと、すぐそこですよ。警備もザルです。姉さんなら朝飯前です」
「情報収集だけはいっちょ前にできるっていうのに、盗みは本当に下手よね。いっつも証拠を残して、いつ尻尾を掴まれることやら」
「心配してくれてるんですか?」
「そんなわけないじゃない! ただ、私に有益な情報をタダで流してくれる人間がいなくなるのはもったいないだけよ」
「姉さ〜ん……コンビ組みましょうよ〜きっと私たち相性いいですよ〜ね〜」
「いやよ、いや。アンタなんかと組んだら夜煙の評判が下がっちゃうじゃない」
「そんな! いいようにつかっていいですよ! 頑張って情報集めますから! 絶対損はさせません!」
「はあ……考えておくわ」
「やった〜! じゃあ姉さんにアレは譲ります! また今度!」


0724
Tue

鳩羽つぐ


「つぐ、金魚すくい得意だよ」
そう豪語したわりに、あっけなくポイは破れてしまって、結局おまけの一匹を貰った。袋に入った金魚は、お祭りの橙色の光に照らされて幻想的な雰囲気だ。見とれていると、つぐちゃんからわたあめを買って帰ろうと手を引かれた。
「つぐのお家じゃ飼えないや。なまえさんは?」
帰り道、ふたつ買ったわたあめを口にしながら歩いていると、つぐちゃんは話しかけてきた。あいにく私の家にも金魚を飼うための水槽や餌などは持っていないから、ここは断るべきなのだろう。
「ううん、私の家もダメ」
「そっか、じゃあばいばいだね」
つぐちゃんは、ちょうど私たちが横切ろうとしていた川へ向けて袋を真っ逆さまにした。きらきらした金魚はお世辞にも綺麗とはいえない川の中へ。水面を激しく揺らして、遠くの方の祭りの喧騒と静かな夜が戻ってきた。この川にはたくさんの金魚が暮らしている。


0724
Tue

鳩羽つぐ


「つぐちゃん、これすごくきれいだね」
ランドセルの時間割とかを入れるところに、浴衣のつぐちゃんと朝顔の写真があった。あわい青の浴衣を着たつぐちゃんは、学校で見るよりも何倍もおとなみたい。
「つぐのおとうさんがとってくれたの」
「つぐちゃんのおとうさん、すごいね」
「写真家になりたかったんだって。でも、この写真を撮るのにも三十分ぐらいかけたんだよ。変にこだわって、わつぐもおかあさんもめいわくしてるの。なまえちゃんのおとうさんは、どんなひと?」
答えるのがすこしこわい。たぶん、つぐちゃんの想像するおとうさんと、わたしのおとうさんはせんぜん、ちがうから。
「……ふつうのひと」
そう答えるのがせいいっぱいだった。


0510
Thu

鳩羽つぐ


「なまえちゃん、もらったからいっしょに食べよう」
つぐちゃんは透きとおっている茶色と黄色のまざったふしぎな何かをくれた。つぐちゃんは自分の分をすぐになめた。
「これ、なに?」
「べっこうあめ。おいしいよ」
べっこうあめは太陽の光をあびてぴかぴかと光る。なんだか焦がしちゃったみたいで、あんまりおいしくなさそう。ゆっくりとなめると、甘くて甘くて、とても甘かった。お砂糖をなめてるみたい。
「誰からもらったの?」
「知らない人」
つぐちゃんの言葉をきいて、わたしはあめを落としそうになった。知らない人からもらったものなんて、食べちゃダメなのに、なめちゃったよ。
「知らない人? だいじょうぶなの?」
「うそだよ、先生からもらったの」
「うそ……そっか、それならいいけど」
つぐちゃんは、なんだかよくわからないときにうそをつく。ものすごく自然にうそをつくから、わたしはいつも信じてしまう。となりでぴかひかしているあめを見つめるつぐちゃんは、そういうわたしをどう思ってるかな。


0504
Fri

キャサリン


今日もキャシーはここには来なかった。いつもシフト通りに来てきちんと仕事をこなしている偉い子だったのに、ここ数日は連絡も無しに休んでいる。店長もキャシーの誠実っぷりをきちんと知っているから、すかさずクビになんてしないが、連絡も全く取れていないようで、八方塞がり。お客さんもあの可愛らしくもセクシーな雰囲気にメロメロな方が多いから、キャシーを求める声は多い。一体どこにいるのだろうか。
「ちょっとなまえ、来て……!」
「え、きゃしー?」
バイトが終わって、スキップでもしだしそうなくらい嬉しい気分だった私の腕をつかんだのは、顔はとってもキャシーなのに、とってもセクシーな格好をした女の人だった。
「キャシー、なの?」
「さあ、どうかしらね?」
「いやでも、そんなに綺麗な髪色なかなかいないと思うし、服装は確かにいつもと違うけど……」
綺麗な、桃色と言ったらいいのだろうか。形容しがたいけど、とても美しくて、太陽の光にきらきらと反射するその髪はキャシーのシンボルと言っても過言ではないと思う。それくらい、珍しい髪色なのだ。
「……そんなことはいいの。あの子はもうここには来ないわ。男の人の相手をするのにうんざりしたのでやめましたって言っといてくれないかしら」
「それって、キャシーは私に姿を見せる気もないってことですか?」
「そういうことになるんじゃないかしら」
「そんな……キャシーに言いたいことがたくさんあったのに……」
キャシーは私生活をあまり表に出さなかった。いつもショッピングやカフェに誘っても、乗った試しがない。まあ、そういう子なのかなとは思っていたけど、最後までこの喫茶以外では会ったことのない、ただの同期になってしまうのは少しだけもったいない気がするのだ。
「ま、まあ一応、その子との繋がりが私にはあるわけだから? その用件とやらを私に伝えてくれてもいいのよ、別に?」
「そ、それでしたら、いつの日かまた美味しい紅茶とケーキを食べに行こうと伝えてください。会える日まで、すてきなお店見つけておくので」
「ふ〜ん。もうここには来ないっていうのに?」
「それは、わからないじゃないですか、その時になるまでは。私が死ぬまでこの島には訪れないかもしれないし、数年後にまた偶然会えるかも。再開できた時のために、探しておくだけです。ケーキを食べるのも、紅茶も飲むのも大好きですし」
「そう、変わってるわね」
私に視線を投げること無く言い切った彼女は、いつの日かのキャシーによく似ていた。
「それ、キャシーにも言われたことがあります。」
「……もう用件はないでしょ。私は帰るわ」
「ええ、また」


0416
Mon

キャサリン


「キャサリンさんって謎が多いですよね?」
「……そう?」
「はい。前職とか、騎空団に入る前の話とか全く聞きませんし」
「話しても面白いものじゃないからよ」
くるくると巻いてある髪に指を絡めるキャサリンさんは、まったく私の方を見ようとはしない。まるで何か隠し事があるみたい。いつもはきちんと私の方を向いてくれるのに。
「私に、言えないことでもあるんですか?」
「そ、そんなこと、ないわよ……」
「うそ、つかないでください」
そういって肩に触れようと手を伸ばした時、彼女はするりと私の手から逃げた。なんでもないという顔で、さっきと同じように指に髪が絡んでは離れていく。いつもそうだ。気づけば彼女はするりするりと何もかもから逃げていく。ずるい。
「逃げるんですか」
「逃げてないわよ」
「うそはダメです」
「ちょっと、ま、まちなさい」
そう言い切る前に私はキャサリンさんの手に触れる。ビクリと方を揺らす彼女を見て、彼女の謎がひとつだけ解けた気がした。


0416
Mon

鳩羽つぐ


「つぐちゃん、それなあに?」
つぐちゃんの手のひらの中にころがる、まあるいピカピカしたなにか。光をあびてキラキラしている。いったいなんなんだろう。
「これは石だよ。朝、河川敷で拾ったの」
そういって、つぐちゃんはそのまあるい石を太陽にかざした。太陽の光は石からもれてわたしたちにふりそそぐ。何にもないはずなのに、つぐちゃんはすきとおらない石のむこうがわを見つめている。


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