ドロッセル
ティーカップに注がれた紅茶の上品な香りが私の部屋の中に満ちていく。本当は外のほうが雰囲気が出ると思ったのだけど、ドロッセルちゃんが望んだのは私の部屋だった。
「まぁ! なまえさん! 紅茶はまず香りを楽しまなくてはダメですの! ああ、そんなにお砂糖を入れたら……!」
「ドロッセルちゃんは大人だなあ。私ミルクも砂糖も入れなくちゃ飲めないよ」
「お、大人だなんて……貴族のたしなみとして当然のことをしているまでですの〜!」
ふくふくとしたほっぺたを少し膨らまして、満足気な顔をするドロッセルちゃん。甘さしか残らない紅茶はいつもよりおいしくおもえた。
鳩羽つぐ
ぽつぽつと雨がガラス窓に打ち付けられて音を立てた。明日提出する課題をやっていたら、いつのまにか最終下校時刻に近い時間になっている。カバンの中から折りたたみ傘を取り出して開く時、外に焦げ茶色の傘が見えた。ふらふらと小さな傘を揺らしながら歩くのは、見知った顔の女の子。
「こんにちは、おねえさん」
「どうも」
いつも雨が降ると焦げ茶の傘とともに現れる不思議な少女。名前は知らないけれど、駅前の人気のない路地へと姿を消すのはよく見ていた。長靴が雨を弾いていく。水たまりに自分の顔を移したり、傘をくるくる回して水滴を飛ばしたり。年相応の行動をする彼女について行けば、もう駅はすぐそこだった。
「またね、おねえさん」
「ばいばい」
焦げ茶の傘は家が密集した細い路地へと消えていく。あの子はどこへ帰るのだろうか。
鳩羽つぐ
「おねえちゃん」
少し日が落ちてきて、もう子供は帰ってしまった静かな公園。そこでわたしはブランコに座っていた。今日も叱られちゃったな〜とか、晩ご飯何にしようかな〜とか、あの子に会えるかなとか。ふわふわと空中を見つめていたら、彼女の声が聞こえた。
「つぐちゃん。おかえり」
「ただいま、おねえちゃん」
きこきこ、古びたブランコがいびつな音を立てる。彼女はたぶん、小学生。名前以外は自分のことを話してれなかったから、正しい年齢もわからない。わたしとつぐちゃんは誰もいない公園でブランコに揺られる仲間なのだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「おねえちゃん、かえらないで」
つぐちゃんがわたしの方を向く。ボルドーの瞳が私を見つめる。ゆらゆらとブランコみたいに揺れる瞳。こんなに幼い子をひとりにして帰路につけるほど、わたしはひどくなれない。このいびつな関係はいつまで続くのだろうか。
周防桃子
「に、似合うかな、なまえさん」
「……うん、すごくきれいだよ。桃子」
薄いピンクのベールにまとわれている桃子は、本当にきれいだった。子供だからとか、そういうのは関係なくて、ただただ桃子はきれいで、儚くて、私は涙が出そうになった。
「嘘じゃ、ないよね?」
「ほんとうだよ。このドレスが似合うのは桃子だけだよ」
月夜は桃子をもっときれいに見せていた。このきらめきは私だけのものなのかもと思わせるぐらい幻想的で、世界にはふたりしかいないみたいだ。私の目の前にいる桃子は幻なのかも。そう思うと、この子の前で泣いても許される気がした。
「冷えてきたね、戻ろっか」
「うん。きてくれてありがとう、なまえさん」
ドレスの裾を引きずらないようにやさしく持ちながら、後ろを歩く。きれいなんだ。この世界で一番、あなたが特別に見える。ごめんね。トップアイドルになろうね。私頑張るよ。