January

シルクハットに棲む兎//瑞希
「瑞希って、マジック得意なんだけ?」
 私と同じ事務所に所属するアイドルの真壁瑞希はなんの前触れもなくスクールバッグからトランプを取り出し、トランプタワーを楽屋の机の上に積み上げていく。その手つきは慣れたもので、私のそれらに対する目線も慣れたものだった。相も変わらず時間があればトランプ遊びを始める瑞希に私は知っていることを質問した。
「そうですけど、それがどうかしましたか? もしかして、次のLIVEの一発芸が思いつかない、とか?」
「いや別にMCだけど、毎回一発芸やってるわけじゃないからね! 暇だから、なんか今すぐできるのがあったら見せてほしいなって思っただけだよ」
 私たちの劇場は少しばかりやんちゃな子が多く、ライブのMCに抜擢されると皆一様にモノマネやコントなどといった一発芸を披露するのだ。ただ、次回のライブで至って普通なトークにしようと思っている。たまには何か違うものをやらないと、ファンのみんなも飽きてしまうから。
 今日は特にこれといったことはなくて、歌レッスンとダンスレッスンの間の今は何もすることがなかった。だから、急なことで迷惑かもしれないけれど、彼女のマジックが見たくなって声をかけたのだ。
「今、ですか?」
「うん。今。暇だから」
「そうですね、これなんかどうでしょうか………………」
  しゅるしゅる*っと瑞希は右手を胸の前に出し、左手で親指をこねくりまわし始めた。
「親指が跡形もなく無くなってしまいました。こうすると……」
 左手が何も無いことを象徴するかのようにひらひらと揺れる。たしかに私の視界からは瑞希の右手の親指は見えなかった。
「いやちょっとまってちょっとまって!」
「なんでしょうか? もしかして、本当に無くなってしまったと思ったんですか? 大丈夫ですよ、きちんと元に戻せますから」
「そういうことじゃないから! そんな小学生でもできるようなマジックが得意だったの?」
「むっ、小学生でもできる、なんて言ってほしくありませんね。簡単なように見えるかもしれないですが、実はとっても難しいんですよ」
 ふぅ、と息を吐く。まずは落ち着こう、深呼吸だ。うん。瑞希の言いたいことはよくわかる。瑞希が言いたいことも、息をついたら理解できた。なにごとも否定から入って、上から目線で物を言うのはよくない。
「あのね、ごめんね瑞希。個人的に口からトランプ出したり、蓋をしてあるコップにコインを入れたりだとか、そういう高度なマジックを望んでたみたい。そうだよね、あの人達はプロだからできるんだよね……」
 ライブのMCで、シルクハットを被りながらシーツ姿で登場した時のことを思い出す。あの時の瑞希は、アイドルというよりもマジシャンという言葉が似合いそうなのだ。
「あまりに突然だったので、なにも準備をしていなかったのです。次はマジック用品を持ってきますね。今日のところは、このトランプでポーカーでもしましょうか」
「……用意がいいね」
 ちらりとジョーカーのカードから覗く瞳は、マジシャンでもアイドルでもない姿だった。

目をあけたら嘘をつかなきゃ//エミリー
 私はずっとエミリーと友達になりたかった。日本人よりも日本人らしくて、清楚で彼女自身が憧れている大和撫子のような姿がとても綺麗に見えて、一目見れたら、少しお話できたら、触れられたらって、どんどん気持ちが膨らんでいったのだ。
ライブ中、彼女の歌声が響きわたると、次第と意識がふわふわと浮かんでいった。好きという思いが募っていく。自分のものになってほしい、私だけを見てほしい。どろどろとした執着に近いような気持ちが芽生えはじめる。本当は、彼女の中に理想の自分を見ていただけなのかもしれない。女らしくあろうとする自分を。
「なまえちゃん、出番ですよ!」
私は清楚で可愛らしいアイドルだ。着物を着て舞を踊れるような女ではない。それはきっと、どれだけ嘘を重ねても誰にもわからない私の本当の気持ち……理想なのだ。

奇蹟を待つ百年//貴音
「なまえ、血をください」
「ええ、またですか?」
「喉が乾いているのです。ダメ、ですか?」
 わたくしは長い間、奇蹟をまっておりました。それはそれは、気が遠くなる程の年月。“人”になりたい、という叶わぬ願いを胸に秘めながら、只々人の血を求めていたのです。
 わたくしたち吸血鬼は、主に食とするものは魔物の血でございました。なぜならば、わたくしたちの住む世界は魔界でありましたから、人の血を求めるということは、世界を越える、つまりとても大きな労力を使うことになり、さらには、甘美な人の血を吸うためだけに、たくさんの人をさらったため、大変多くの吸血鬼が封印されてしまった過去もあります。そのために、今の魔界では、吸血鬼の中の掟として、人の血を吸わない、という決まりがあるのです。
ですが、その掟はとても大きなことを隠していました。それは、吸血鬼は人の血を吸うと、自身も“人”になってしまう、ということ。一滴ほどでは全くもって変わることはありませんが、持続して吸収していると、次第に人になっていく、という……。昔の文献しか残っていなかったため、それが真かどうかは、わかりません。
しかし、わたくしはその可能性に縋りつきたかったのです。わたくしの愛。わたくしの希望。わたくしが人間になりたいと願った由来は、とある人間との出会いから始まったのです。ですが、わたくしは吸血鬼という怪物であり、不老不死であります。そのため、儚く散りゆく彼女の人生をわたくしは見守ることしかできませんでした。でも、今世の彼女とはそのようなことは起きないように、わたくしはこうして血を貰っているのです。彼女は生まれ変わってもなお、その魂は穢れを知らず、優しくあります。わたくしのような者をたやすく受け入れ、愛を持って接してくれる。そんなところに、わたくしは惚れたのです。
 わたくしは、少しずつではありますが、血液に味を感じなくなっています。それでいて、怪我をした部分の治りが、随分と遅くなりました。奇蹟というものは、きっと起こるのでしょうね。

Le reve nocturne//志保
 私は、夜がとても嫌いだ。夜は星が綺麗に見えるのは良いが、一人の寂しさがより胸を締め付けるし、昼間は騒がしかった世界も、段々と静けさを取り戻す。毎日が朝と夜の繰り返しであって、日が昇り、沈むことが世界の理なのだとしても、私は夜が怖いのだ。
「志保、寂しくないの?」
 今日は、家になまえが来ていた。私の家はとても静かだから、大家族のなまえは孤独を感じたのかもしれない。私にとってはいつもどおりだが、そう聞かれてしまうと寂しさを感じるような気もする。
「全然。毎日こうだもの」
 それでも、私は甘えたりなんかできやしない。甘えたいとか、全然思ってないし。
「ふ〜ん……今日はすっごく寒いから、一緒に寝たいっていったら怒る?」
布団の中にごそごそと入りだすなまえ。私はベッドで寝るつもりなんだから、そんなこと絶対にしない!
「はぁ!? お、怒るに決まってるじゃない!! 私たち小学生じゃないのよ!!」
「ええ〜!! さ〜む〜い〜。人肌が恋しい〜!」
甘えた声を出すなまえの姿はあまりにも普段とのギャップがありすぎて、こういう状況でなければ笑っていたが、今は違う。
「うるさいうるさいうるさい!!! 大体な、なんで私となんか……」
「ねえ〜志保〜。もう私眠いよ〜。一緒に寝よ〜」
「も、もうちょっと待ってなさいよ! 私はまだ寝る準備ができてないんだから……!」
「やった〜! お布団先に入って温めてるね〜」
「な、まだOKなんて言ってないわよ! こんな……子どもっぽいこと……」
手を引かれるままに布団に入る。明日は早いのだ。あきららめて彼女の隣で寝るとしよう。いつもは感じない暖かさに嬉しいなんて思ってはいないのだ。

最後の志保のお題は、本来はreveの最初のeはアクセントがついています。