
February
ところどころ透明な夢//徳川まつりはじめて推しのライブに来た。運良くCD一枚でチケットが当たって、はや数カ月。今はサイリウムとライブTシャツを着込んでこの場所に立っている。ライビュも経験したことがないし、コールもうろ覚えだが、大好きな徳川まつりをこの目で見れる機会など逃したくなくて、ネット上の知り合いに色々と教わった。
「みんな〜! 楽しむ準備はできてますか〜? それじゃあ最初の一曲はまつりちゃんの“フェスタ・イルミネーション”!」
一曲目からきた。突然の出来事に、まだ挨拶しかしていないというのに呆然としてしまう。ああ、サイリウム出さないと……
それから先は、こう表現するのはあまりよくないかもしれないが、あっという間だった。本当に一気に応援していたアイドルたちが目の前を過ぎ去っていったって感覚で、それでも充実感と満足感は十二分にある。不思議な感覚だ。まだ夢のような……まだこの先もライブが続いてしまいそうな、私の目の前にまつりがいるような、ふわふわとした気持ち。とある曲で見えた、彼女の瞳の輝きに、私はもう一度会いに行ってしまいそうだと思った。
伸ばさない手と伸びすぎた爪//横山奈緒
「うむむむ……むずいなあ、これ」
自分のイメージカラーに彩られた爪を見る。衣装として着ると、それなりに似合っている色なのかなと思うんだけど、肌にとても近い爪に塗ると、なんとも言えない風に感じる。血色が悪くて、ちょっと不健康そう。もう少し可愛らしい色のほうがよかったのだろうか。でもパステルカラーっぽいから十分可愛いのかな。
「それ、すごく綺麗だね。奈緒はネイル好きなの?」
「うへっぇ!? あ、そ、そうなんよ。可愛いやろ?」
どもってしまった。なまえに声をかけられるなんて思っていなかったから。なれないネイルをしたのも彼女の気を引きたかったというのに、実際そうなると焦ってしまう。
「うん。奈緒の色だよね。似合ってるよ」
「今日の衣装に合うのか心配なんやけど……もっと違う色のほうがよかったと思う?」
「奈緒のイメージカラーなんだし、その色のほうがいいと私は思うよ。心配ならスタイリストさんに聞けばいいんじゃないのかな?」
なまえに褒められてしまった。顔が熱くなっているのがすぐに分かって、急いで背を向ける。
「そ、そうやな! 聞いてくるわ!」
ああ、なんて愛想のない。せっかくのネイルもなんだか下手に思えてきてしまった。
信じない子のための魔法//箱崎星梨花
「星梨花ちゃん……王子さまなんて、待ってるだけじゃ現れないのよ……」
ここはとある居酒屋。今日はライブがあって、打ち上げのためにこの場所に来た。ぐびぐびとお酒を飲んでいる二十歳過ぎのお姉さま方は純情な箱入りお嬢様に熱心に何かを説いている。私はアルコールが全般的に苦手だから、ウーロン茶を片手に話を聞いていた。お酒の力に負けて、変なことを言っていないと良いんだけど……。
「このみさんは、白馬に乗った王子様にあったことはないんですか?」
「ごっ、ごめんね……ちょっとお姉さんお手洗いに行ってきます」
星梨花ちゃん……それは、流石に刺激が強すぎる一言だよ……。
「莉緒さん、このみさんが話していたことは本当なんですか?」
「あ〜、それは……個人差があるといいますか……私は出会えなかった側の人間なのでなんとも言えないといいますか……」
やめて……! 星梨花ちゃん……! その純粋すぎる瞳は私達には毒だわ!
「でももう、わたしは運命の王子様には出会ってますよ! なまえさんがいますから!」
咳き込む私。驚くお姉さま方。可愛く瞬きをする星梨花嬢。全く話を聞いていないプロデューサーと他の子達。きっとこういうことをカオスって人は表現するんだろうね。
何を踏みにじることであっても//如月千早
重苦しい防音性の高い扉を開ける。まだまだ設備も古いから軋んだ音が廊下に響いた。
「千早、今日もボイトレ?」
音もなく現れたなまえに息を呑む。彼女は忍者のように登場するのが得意なのだ。
「ええ。本当は毎日やりたいのよ、調子が狂っちゃうから」
「千早は真面目だね。私なんて何日ぶりだろう」
「そんなことないわ。なまえは舞台のレッスンだってあるんだから仕方ないことよ。それにライブが近いわけでもないし」
なまえは私の顔を見た。まだジャージ姿だから、少し見られるのは恥ずかしい。もう少し綺麗な私のほうが、胸を張っていられるから。
「千早は恋の歌を歌うとき、どんなことを考えてる?」
どくり。胸が音を立てた気がする。私の気持ちを知っているわけがない。そうであってほしい。そうじゃなくちゃ……
「今稽古をさせてもらっている舞台で、私は恋をしているの。毎日小さな不幸が続いていた中で、不意に優しくしてくれた人を好きになる。そういう人」
「私は……わからないわ。誰かを好きになったことがないから。」
もしも私の歌うラブソングの歌詞が本当に恋をしている感情を表しているのなら、私はなまえのことが好きだと言える。けど、私は正しい恋の気持ちなんてわからないし、愛を歌う歌詞が正解を言っているのかといえば、頷くことは出来ない。
「そっか。ありがと。私もよくわからなくてさ、千早は勉強熱心だし、歌のためならなんでもしちゃいそうだから、知ってるかな〜って思ったんだけど。」
「そういうのは、私よりも得意そうな子がたくさんいるわよ。今事務所に行けば、教えてくれる人が誰かしらいるんじゃないのかしら」
「そうだね〜よし! 行ってくるよ。千早も頑張ってね」
「ええ、お互い頑張りましょう」
廊下に響く足音。徐々に消えていくのを聞きながら、ゆっくりと息を吐いた。私は歌を歌い続けるためには何だって捨てられる。私たちはアイドルだから、恋なんて、できないんだ。