June

一枚だけくすねた寫眞//松田亜利沙
「ねえ、この写真さ、亜利沙が撮ったの?」
 キラキラまばゆい劇場の、舞台裏からの写真。一番アイドルが輝いていられる場所。ありさらしくて、すごく素敵な一枚だ。
「もちろん! あの時のドキドキは未だに冷めません!」
「亜利沙って可愛い女の子しか撮らないのかと思ってた。こんなふうに素敵な写真もあるんだね」
「ななな! ありさだってアイドルちゃんだけしか撮らないわけじゃないんですよ! アイドルちゃんを彩るバックステージだってアイドルちゃんの魅力の一部なんですから!」
 力説する亜利沙を横目に、テーブルの上に無造作に置かれた数枚の写真を見る。百合子に可憐、育ちゃんと可奈。色んなアイドルの姿がある中、一つだけ不思議な写真を見つけた。
「あ! ありさこのあとレッスンがあるんでした! なまえちゃん、ここにある写真を写ってる子に渡してきてくれませんか?」
「いいの? 渡しちゃって」
「ええ! データはきちんと保管してありますから! それに、ここにある写真は欲しいって言われたものだけなんです! お願いしてもいいですか?」
「うん。このあとは暇だし。今日予定ある子の分は、明日亜利沙に返すね」
「ありがとうございます!」
「それじゃあレッスン行ってらっしゃい。頑張ってね」
「はい! よろしくおねがいします!」
 ばたり、と扉が閉まると途端に静かになる。亜里沙の横顔の写真はとても綺麗で、私はそれを手に取っていた。プロデューサーが撮ったのかもしれない。こんなに自然体な亜里沙は、あんまり見たことがないから。この写真たちは結構前のライブだと思うから、プロデューサーは覚えてないだろう。撮った本人が覚えておらず、貰い手のない写真。黙ってポケットに忍ばせれば、この素敵な亜里沙は、私だけのものになってくれるのだろうか。

待たない理由はたくさんある//馬場このみ
 このみさんはアイドルになった。事務員になるっていって私の前を去ったのに、テレビを点けたら見慣れた顔が見えた時の私の気持ちがわかるだろうか。どうしてなのか、このみさんに電話をしてその日に聞いた。けれどもこのみさんは曖昧にごまかして、ちょっと色々あったって、私が子供だから何もわからないだろうと言葉を省く。このみさんなりの気遣いなのかもしれないし、もしかしたら全然違うのかもしれない。でも、私に何も話してくれないのはすごく寂しかった。
 これから先、このみさんはひっそりと生きて、素敵な人を見つけて、その人と幸せになっていくんだろうって、ずっとそう思ってたのに、アイドルになったから、全然そんなことなくなっちゃった。別に、素敵な人と幸せな道を歩むのは、私も望んでいることだからなにも不満なんて無い。でも、アイドルになるんなんて聞いてない。そんな、普通の道から外れていくこと、幸せになれないような道を進むなんて、私は受け入れられないよ。

喧騒の届く一室//秋月律子
「亜美、真美! もう次の仕事の時間よ!」
「は〜い!」
「りょ〜かい!」
 リュックに荷物を詰める。律子さんが呼んだ二人と、私とで雑誌の取材がこれからあるのだ。
「なまえはもう大丈夫?」
「は、はい! すぐに行けます!」
「そう、じゃあちょっと待っててね」
 律子さんの手が伸びてきて、私の頭を優しく撫でた。鼓動が途端に大きくなって、顔が熱くなる。どきどきする気持ちだ。
「早く準備しなさ〜い!」
 亜美と真美を急かす律子さんの声が聞こえた。律子さんが触ってくれたところは未だに熱を持っていて、嬉しい気持ちが押し寄せる。どきどきしている心は、現場に行くまでは収まりそうにないや。

未来の話は短編として上げる予定です。