ぐちゃぐちゃにしてしまいという欲望が蠢いた後に、その手を引いた。でも君は、いつもと同じ顔でなあに?としか問いかけない。
「どうして離そうとしないわけ、」
「離したら、どうにかなるの?」
「・・・くそ」
余裕しかないその空気に、縮まった距離が無性に可哀想になってしまう。抱きしめたところで抱きしめ返されることもない。そんなこと分かってる。いらいらしながら強引にその顔に手を掛けて唇を塞ぐと、お決まりのような手馴れたキスに頭がくらくらして、結局振り回されているのは自分だとひどく落胆する。
「変な人」
「、っ名前」
「わたしはここにいるのに、」
「名前」
「何を焦るの」
名前を呼んだって、俺の名を呼び返してはくれないんだ。きつくきつく抱きしめた。やっぱり背中に腕が回ることはなくて、その代わりに嗅ぎなれた香水の匂いだけが俺の体を包む。焦っていることが分かるのならそのまま俺に奪われてくれればいいのに、そうはさせてくれない。ずるくて手も足も出ない。
「好きだ」
「、そう」
「だから、このままっ」
「終わりにしたんじゃない。たしかにそう言ったわ」
力が緩んだ時を狙って、すうっと俺の手の中から抜け出す。すべて事象には期限があって、俺と名前の時間なんてものは、一瞬で過ぎ去ってしまった。誰にも指定されない期限を作るのはいつだって当本人たちなのに、どうしても、未練なんていう尾びれを切れない。
「俺はまだ、」
「それを言うためにここまで来たのなら、あなたはおかしい」
「聞いてくれ、!」
「あなたは頭が悪い人ではなかったはずよ」
「なん、で」
「無いものにとらわれて、どうするの?終わってしまったものはどうしようもないじゃない。」
いっそのこと、本当にぐちゃぐちゃに出来ればいいのに。触れた身体はあの日と全く変わらないで、誰よりも熱っぽくて滑らかなのに、なんの答えも出してはくれなかった。ただ終わりだけを俺に突きつけて、それからやっぱり余裕ぶった顔で笑う。
「てつ、」
「・・・っ」
「さよなら」
最後だと言わんばかりに名前を呼んだ。それから彼女は振り返ることなく、高圧的なヒールを鳴らしながら東京の夜に消えていくんだ。
@@いくじなし。
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