「朝ってさ、」
「ん」
「大っ嫌いなの。なんでだと思う?」
「んー名前が眠たがりだから?」
「一理あるけど、でもわたし、朝5時くらいの空気は大好きなの。分かる?」
「それは、誰もいなくて気持ちいいからだよ。てかそんな朝に起きてるのなにやってんの」

哲学にも心理学にも載ってない。そんなものが1番大切で、ピアジェもルソーにもマルクスも関係ない世界が、この現実である。だから、わたしの悩みや苦しみは却って大きくなって、ほおって置いても治るとか、そんな簡単なものにさせてはくれない。

「まもはどうしてるの」
「え?」
「午前5時」
「それは、仕事以外では起きてない、かなあ」
「つまんない」
「つまんないて、名前さん」
「わたしは、朝の空気を吸って、まものこと考えるのに」

どんなに世界が進んだところで、一番知りたい人の心は分からない。それからその人が負った痛みなんていうのも、わたしたちは分からない。まもの柔らかい髪の毛はいつもわたしの首元をくすぐったくさせる。だけどその感触だって、まもには分からないから、いつまでもパーマはかかったまま。

「と、とつぜん」
「本当のことだもの、悪い?」
「いや全然悪くないです、ありがとうございます」
「朝日が出たら、もう朝なの」
「う、うん?」
「その前の朝焼けが、どうしても特別だと思ってしまうからまもに見せたい、と思う」
「・・・そか、」
「うん。一緒に居れたら見れるんだろうけど」

美しかったり神秘的であったり、感動したものを見つけたときにそれを見せたいと思う相手がいる。今は、その相手がどんなに離れていても見せれるようにはなった。でも、その時に感じる温度や風、湿度、匂いまでは相手には届かない。それがどうしようもなく、もどかしくなる。

「じゃあ、一緒に寝よう。そして朝を迎えればいい」
「そう考えたけど、それはできない」
「え、」

まもの腑抜けた顔がわたしを見つめる。まもは、なんにも分かってない。わたしの考えることだって願いだって、何も知らない。わたしがそうであるように、まもも人間であるから、他人のことを理解することは難しいのだ。

「どおして?」
「だってね、まもと朝を迎えるとするなら」
「うん」
「きっとそのまま布団にくるまった方が幸せだと思ってしまうから」
「・・・ふうん」
「朝焼けを見に行くまでもないの」
「結局?」
「うん。めちゃくちゃだけど」

自分にとって特別なものを見せたいと思う人こそ、特別なのだ。わたしにとってそれは、まもだった。まもと幸せを共有できるのであれば、わたしは多分何をも厭わない。

「じゃあ、名前はもっと朝が嫌いになるかもね」
「え?」
「朝になったら、嫌でもその布団から出ていかないといけない」
「それは、そうだね」
「俺も、その朝は多分大っ嫌い」

朝は何かの区切りを生む。わたしはその区切りこそ嫌いだが、その前の生まれる瞬間が好きで、でもそれよりまもが好きで。

どうしようもないね、と2人で笑った。それから難しいことを考えるのをやめて、漠然とした幸せを願うことしか出来なかった。





@@ひどい耳鳴り





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